第38話

 映像が動き出す。


「——当てつけじゃない、って言っても、信用してもらえないよな?」

 男が言った。

「そんな事はないけど」

 女が答える。

「いや、その通りだと思う。当てつけだ」

「やっぱり、そうだったの? どうして?」

 女がこちらを向く。

「フった俺が言うのもおかしいと思う。でも、なんだかんだでお前に未練があるんだ、たぶん」

「自分勝手。ヒワタリさんはどうなるの?」

「まだあいつとは付き合ってはいない」

って意味でしょう? 付き合うつもりで遊んでる。違うの?」

「そう、かもな」

「最低」

 女は顔を背けた。

「ああ、最低だな。結局今、お前を前にして気持ちが揺らいでいる。お前はどうだ? なんで俺に話しかけた?」

「それは——」

「まだ俺が好き、違うか?」

「違う」

 女は前を向いている。だが少しだけ、下を向いていた。

「本当にそうか?」

 女が再びこちらを向いた。

「……やっぱり、違わない」

「そうか、そうだよな……」

 いつの間にか二人は歩道橋の階段を登っている。

 二人は道路の上を横切る通路を進み、反対側にある階段の手前までやって来た。

 立ち止まる。

「——俺達、やり直さないか?」

「ウソ、でしょ? そんな気なんてないくせに」

「本当だ」

「選べるの? ヒワタリさんの気持ちを無視して、私を」

「無視はしないよ。ただ、ハッキリとは言う」

「今まで遊んだのに?」

「遊んだだけだ。でも、お前は遊びじゃない」

「……ばか」

 再び二人は歩き出し、階段を降り切った。

 そこで夢はフェードアウトする。

 俺の選択は、正しかった。

 しかし、嫌悪感が残る。

 夢が、終わった——。


 起きてから俺は、いつも通りのコースを走った。それは当然の事で、昨日のは単なる気まぐれだ。しかし、嶋田に顔を合わせたくなかった、というのが本当の所だったりする。起きてから何か、後ろめたい気持ちが俺を支配していた。

 登校時、俺は真っ直ぐに学校へは行かず、校門の前を通り過ぎて駅に向かった。待ち合わせがある。

 駅の入り口には美奈が立っていた。

「涼太くん、おはよ」

「ああ、おはよう」

「ちょっと、そこは『おはよう、美奈』じゃないの?」

 美奈が少し俯いてそう言った。美奈は、とても可愛い。可愛過ぎて、つい目を逸らしてしまう。

「ごめん、なんか照れた」

「えへっ、やっぱりキミはカワイイな?」

「可愛いってゆーな」

 嶋田に対する後ろめたさがいつの間にか消えていた。

 学校の駐輪場に着くまでは。

 駐輪場のいつもの端っこには、嶋田がいた。俺は意識的に、その反対側の端を選ぶ。

「あっちに停めれば良いのに」

 美奈が言った。

 玄関に近いこちら側は、確かにごちゃごちゃしている。

「良いんだよ」

 俺は嶋田を見ない様に、そう応えた。

 だが、嶋田がこちらに来るのを感じる。目の端に嶋田が入り込んでいた。

 当たり前だ。入り口はこちらにあるのだから。

「奥田、おはよう」

 流石にそう言われては嶋田を見るしかない。

「おう、おはよう」

 努めて普通に返した。

 嶋田は美奈に一瞬目をやり、そしてスタスタと通り過ぎる。

「涼太くん、クラスの子?」

「うん、割とよく話す友達だよ」

 間違いではない。

「えー? ちょっと嫉妬しちゃうな」

 物凄く困った事を言う。しかし、そう言われる実感が、俺に喜びを感じさせた。

「はは、嫉妬? 良いよ、好きなだけして」

「なにそれー?」

「嘘、やっぱ俺を信じて。あいつはただの友達だから」

「わかってますっ」

 美奈が少し大きめの声で、気取った返事をした。

 そうだ。これで良い。

 俺は嶋田が好きだった。陽菜に感じていた気持ちよりも強かったと思う。もしかしたら、今美奈に感じているこの気持ちよりも。

 だが、それはあくまでも好き「だった」のである。

 俺は美奈を選んだ。

 俺をカッコいいと言ってくれた美奈に、俺は応えた。

 そんな美奈を俺は、好きになった。

 そして俺達は

 だから嶋田はただの友達だ。この先も、それ以上になる事はないだろう。


「——さいてい」


 玄関から、そんな声が聴こえたような気がする。


  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る