第36話

 移動教室の途中、美奈先輩が目に入った。

「あ、美奈先輩」

 つい呼び止める。

「涼太くん?」

「まさかこんなトコですれ違うなんて」

「今までもけっこうすれ違ってたんだけど」

 ——今までも?

「そうなんすね。俺話した事ある奴しか気になんなくて」

「うわ、ひっどー。私は顔覚えてたのに」

 酷くはないと思う。というか、美奈先輩は知らない奴でも気になるのか。

「おい涼太。この人昨日の先輩じゃねーか」

 近くの陸が口を挟んだ。

「陸くんの顔も覚えてたよ?」

「え? そうなんすか? てかなんで俺の名前知ってるの?」

 ——こいつ、ちょっと馴れ馴れしいな?

「昨日涼太くんから聞いた。怖い顔したお友達って」

「涼太、てめー」

「ははは」

 陸は怖い顔をした友達である。

「ま、良いや。でしたっけ?」

 ——おい。

「うん」

「やっぱ俺らのマネージャーやってくれません?」

「え? 女はダメなんじゃないの?」

「それは涼太が勝手に言った事っすよ。俺らは大歓迎!」

 ——こいつ、俺を悪者にしようとしてやがる。

「昨日謝ったじゃないっすか。全然! 美奈先輩なら俺も全然オッケーっす!」

 だがそれに乗っかり、俺も手の平を返してみた。

「うーん、でもやめとく。邪魔したくないから」

「ええー?」

 陸がわざとらしく残念がる。

 残念ながら、陸がそんな態度を取っても可愛くはない。

「じゃ、涼太くん。?」

「え? あ、はい」

 俺の返事を聞くと、美奈先輩は自然な足取りで去って行った。

「涼太『後で』って、いつ?」

「さあ? 俺もわかんね?」

 俺はしらばっくれる。

 こちらを見る嶋田の視線に気がついたからだ。今朝のやり取りの事もある。余計な誤解をされたくない。

 それが良かったのか、昼休みも、ホームルーム前の掃除も、面倒な事態にはならなかった。ただ嶋田と話す機会がなかった、とも言えるが。

 

 その日の部活終わり、やっぱり美奈先輩はグラウンドの外に居た。昨日の様に、俺を観ている。他に誰も居ない事を確認して俺は手招きする。

「今日も居たんすね?」

「今日も? うーん、まあ、そうだよ」

「でも楽しいっすか? こんな練習観て」

「楽しいよ? 一人でニヤニヤしてる涼太くんもそうだけど——」

「いや、今日はニヤついてないっすから。美奈先輩が来ると思って」

「あ、意識してくれたんだー? 嬉しー」

 このセリフに少しガクッとなる。平気でこんな事を言うのは、そういう意識をしていないからだろう。

「意識しますってー。ところで、ニヤついてる俺以外の楽しい事って?」

「……うん。皆んなと一生懸命に練習してる、カッコいい涼太くん、かな?」

「え?」

「知らなかった? 私、夏休み前から観てたんだよ? 前途中で練習抜けたことあったでしょ? ホラ、後から荒川くんと帰って来た時、私どうなるかって、ハラハラしちゃった」

 ——前から観てた? それって、そういう事か? そういう事なのか?

「き、気づかなかったなー? どこから観てたんすか?」

 意味がわかりながらも、そんなセリフしか言えない。

「……ナイショ、皆んながいる時は隠れてたから」

 ——うお! マジか? やっぱり? 

「——ところで涼太くん、昨日荒川くんが言ってた『フラれて大変だった』って、もしかしてその時?」

「き、気になります?」

「うん」

 美奈先輩は笑顔だ。笑顔だが、表情が少し固い。

「それは、言いたくないっすね」

 俺ははぐらかした。

「私も、聞きたくない……」

「……今日も一緒に、帰ります?」

「う、うん……」


 俺は今日もと一緒に帰った。

 残暑厳しい時期に訪れた俺の春。生暖かな風が、心地良かった。

 

 

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