第34話
映像が動き出した。
「断る」
椅子の男が口にした。
「ほう! なるほど、ふふふ。それは何故です?」
楽しげな声が近くから聴こえる。
「……解除するなら、俺を目的地へ行かせる意味は、ない。そこで爆発させるつもり、だろう。俺は、人殺しに加担したくない?」
「ふふふ、そうですか? でもこの状況、断わったらどうなると思います? 普通に考えて死ぬ、そうは思いませんか?」
「死ぬ、だろう。だが、大勢を巻き込んで死ぬよりは、一人で死んだ方がマシだ」
「そうですか? どうせ死ぬなら皆んなで死んだ方が寂しくないと思うのですが」
「淋しいのは、お前だろう。こんなしょうもない嘘で、俺を支配しようとしている」
「嘘? 私が嘘をついている?」
「そうとしか、思えない。だから、お前の言う事は、聞かない」
「そうですかそうですか」
映像が更に、ゆっくりと、椅子の男へ近づく。同時に乾いた足音も。
男は目を瞑った。
「——おめでとうございます。貴方は私が嘘をついた事を見破った」
「おめで、とう?」
——これは、助かった、のか? そうか、簡単な事だった! 仕掛けられた爆弾は椅子の男が死ねば爆発するんだ!
つまり、この場では死なない事になる。どんな未来が待っているかは予測できないが。
「——ですが、嘘の内容までは、わからなかったみたいですね?」
「ない、よう?」
「貴方の体には爆弾なんて仕掛けられていません。お願いを聞いてくれれば、貴方は本当に助かったのですよ?」
「う、そ、だ」
「嘘ではありません。ああ、解放された瞬間に『俺には爆弾が仕掛けられている』なんて騒いだら狂人扱いされますがね? 要するに、お願いを聞いてくれさえすれば、誰にもリスクはなかったのです」
ゆっくりと、近づく。
「な、ぜだ? そんなの、本当に、意味がない、じゃないか……」
「ええ、意味などありません。私はただ、貴方の様な人がどんな選択をするのか、知りたかっただけです。貴方を知りたかった、それだけなのですよ——」
更に、近づく。
「貴方はとても勇敢な人だった。やはり私が貴方に感じた印象は、間違いではなかった——」
「お、れは、どう、なる?」
「ところでこれは——」
映像の右から、針が、注射器が、現れた。
「
「やめろ」
「運動などをする時に使う骨格筋、そして内臓などが絶えず動き続けるのはそれが平滑筋という筋肉そのものだから、ですね、ふふ。更に肺には筋肉が存在しません。横隔膜や、肋骨の間や喉などの筋肉が、貴方の呼吸を生み出しています。それが弛緩すると、どうなるか」
「やめて、くれ」
「残念な事に貴方の顔も緩んでしまう為、息ができない貴方の表情を窺う事はできないのですが、ふふ、それが逆に、私の想像を掻き立てます」
「や、やめろぉぉおおおおおおおッッ!!」
「ははははっ!! ああ、眠る様に静かに息を引き取る貴方は、一体どんな気持ちでお亡くなりになるのか! ふふっ! くふふふふふっ」
首筋に注射針が刺された。
薬液が注入される。
「やめろおおっ! 何故だ!? くそおおおお!! 殺してやる! ああああああ……! 殺して! ころ、して……! やめ、ろ! やめろ……おれは……やめ……」
段々と声が小さくなる。
その声はただの、息遣いとなった。
それも、薄くなる。
「くふふふ、ふふふふふふふふ————」
絶望を映した男の瞼が重力に耐え切れなくなり、ゆっくりと、閉じていった。
まだ浅い吐息が聴こえる。
胸は上下していない。
その音もやがて、聴こえなくなった。
夢が、終わる。
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