第32話

「じゃあ涼太、お前の話は俺が先生に言っておく。ただ、フォーメーションだとか戦略だとか、そういうのを考えるのは本来、お前の役目じゃない。思い通りになるとは思うなよ?」

「はい! もちろんです!」

 リョウマくんはそう言うが、ノートを読んだのち先輩方は皆、真剣に俺の話を聞いてくれた。手応えはある。

「——それと、それも踏まえて明後日の金曜日、練習後にミーティングをやろうと思う。昼休みだけじゃ時間が足りねえ。文句ある奴は?」

 そんなリョウマくんに皆んなは「いないっしょ!」だとか「全然オッケー!」だとか、そんな反応だ。

 やっぱり話して良かった。少しだけ後悔が残るが。


 やがて先輩達はゾロゾロと学食を後にする。タツヤくんもそれに続く。が、俺はそんなタツヤくんの服の裾を引っ張り、俺達の方へ引き戻した。

「あん? なんだ涼太?」

「まずはありがとうございます。ですが、少し喋り過ぎてはいませんかね?」

「何が?」

「何がって——俺がフラれた話です! 陸以外誰も知らなかったんすよ!? ああ気まずい!」

 俺と同じくここに残る陸達同級生は、尚も興味深げに俺を見ている。

「……お前、それをそんな大声で言って良いのか? まだ他の奴らも居るのに」

 ——しまった!

 少なくなったとはいえ、まだ学食には他の生徒達もいる。俺の出した声に何人か立ち止まってこちらを見ていた。

 その中の一人が近づいて来る——女子だ。

「ねえ荒川くん? 今のミーティング?」

 その女子はタツヤくんに話し掛けた。肩ぐらいのフワッとしたボブが内側に巻いている。

「キクチ? まぁそんなトコだけど」

「すっごい暑苦しかったねー? ウチの学校じゃないみたい」

「ま、俺らぐらいでしょ? 熱心なのは。実際、結果出してるし?」

 よく言う。春は皆んなやる気がなかったくせに——つーか三回勝ったくらいで調子こき過ぎだろ?

「私、マネージャーやってみようかな? なんか楽しそう」

 そのキクチと呼ばれた女の先輩は、そんな事を軽々しく言う。俺は口を挟んだ。

「ダメっすよ。この時期に女なんか入ったら勝てるモンも勝てなくなります」

「ええ? ひどっ!」

 キクチは去って行った。


「……涼太、お前なぁ、だからフラれるんだぞ?」

「フラれたのは関係ないでしょ!」

 俺は部の皆んなの為を思って——。

「俺もタツヤくんに賛成。今のは庇えないぜ」

「そうそう」

「クソ真面目過ぎ」

 陸も、他の奴らも、皆んな俺を責める。

「ええ……? だってサッカーのサの字も知らない、しかも覚えられる時間も限られた女が舐めた態度で——」

「舐めてんのはお前だ! 俺達の青春を返せ! 夢を返せよ!」

 ——夢? なんだそりゃ?

 なんだかたまれない気持ちになり、俺はタツヤくん達を残して足早にその場を後にした。

「逃げんじゃねえ——」


 放課後、練習も終わり、グラウンドに残るのは俺だけになった。昼、先輩達に強気な事を言った俺ではあるが、別にサッカーが上手い方ではない。偉そうな事を言う為には誰よりも練習する必要がある。

 俺はボールを真上に放った。

 それを左のインサイドで受け止め勢いを殺す。

 ボールが足から離れる前に、新たな勢いを加える。

 ボールが前方に転がった。

 すぐにボールに追いつき、右のアウトステップで真上に浮かせる。

 手でキャッチする。

 またボールを上に放る。

 インサイドで受け止める——それを、繰り返す。

 俺達の戦術のかなめは、ボールコントロールだ。何も知らない奴からすると、さぞ滑稽な光景に見えるかもしれないが、こういう基本的な反復練習は自分の時間を使ってやるべきだ。

 俺だけではない。暗くなるまで残るのは俺ぐらいだが、他の奴らもそれぞれ似た様な事をしているはずだ。そうじゃなければ地区予選を勝ち進められたワケがない。俺だけ楽をするわけにはいかない。

 だがボールに当てる部位を変え、当て方を変え、スピードを変え、そんな事をしているうちに、段々と楽しくなってくる。いつの間にか「その遊び」は走りながらのリフティングへと趣旨を変えていた。

 ——へへ、俺、チョー上手くねー?

 中々に恥ずかしい心の中での独り言。声にしていたなら間違いなくナルシストみたいな扱いをされるだろう。

 そんな俺の様子を、観ていた奴がいた——。


「キミ、チョー上手くねー?」

「え?」


 一瞬、心の声を聞かれたのかと、そう思う。

「顔に出てたよ? ニヤつきながらそんな事してるなんて、知らない人が見たら変態だね?」

 ——うわ。恥ずかしっ。

 声の主は、夏服姿の女子だった。昼間タツヤくんに声を掛けた、キクチ、とかいう先輩である。

「……何してるんすか?」

 そっけなく返す。

「あははっ。照れ隠しっ。キミはカワイイな?」

 夕日をバックに暗くなったその表情は明るい。髪がフワリと風になびき、白い八重歯がその隙間で目立った。

「照れてないです」

「いいよ。ナイショにしてあげるから」

 別に照れていない。「ナイショ」になんてしなくて良い。

「先輩、なんでこんな遅くに、こんなトコに居るんすか?」

「ミナ」

「は?」


きく、私の名前」


 俺がフラれてから、そんなに日にちは経っていない。なのに。

 なのに、少しだけ浮かれている自分に気がつくのだった。



 


 

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