第31話

 昼休み、俺は学食に来ていた。事前に先輩方も、クラスの違う同級生達も呼んである。俺がここに来た時既に、チームメイト達は長テーブルの一角を占領していた。


「——メシ食いながらで良いんで、ちょっと皆さん、目を通して貰って良いっすか?」


 さっそく例のノートを回し読みさせる。

「なんだよ涼太、メシぐらいゆっくり食わせろって」

 タツヤくんは困惑した様子だ。他の先輩方も同じである。部長のたきがわりょう先輩を除いて。

「いや、だってこの為に集まって貰ったんすけど、聞いてませんか?」

 俺はリョウマくんに目を向けた。最初はタツヤくんに頼もうと思っていた。しかし、こういう事はキャプテンに話を通した方が良い——そう思ってリョウマくんに先輩方への連絡を頼んでいたのだが。

「あ、悪い。言うの忘れてたわ」

 リョウマくんはしれっとそんな事を言う。

「そーゆー事フツー忘れますか——?」

 俺ではなく陸がリョウマくんに噛み付いた。

「ああ嘘だよ。涼太、やる気があるのは良いけどお前、空回りしてねぇか? 陸もそうだ。お前ら最近、態度でけえぞ」

 俺と陸がレギュラー入りした時、それを一番気にしていたのはリョウマくんだった。理由はわかる。他の先輩方を差し置いて試合に出るだなんて、生意気に思った人達もいるのだろう。ただそれは顧問が決めた事だし、実際に俺達は結果を出している。表立って、こんな事を言うのは初めてだ。

「俺らがでけえ顔すると困る連中でも居るんすかねぇ? それに空回りなんかしてねぇでしょ? 実際勝ってるし」

 陸が更に煽る。こいつの顔は元々デカい。

「陸やめろ。すいませんリョウマくん。それでも、どうしても聞いて欲しい事があったんです。皆さんもすいません、読んでくれませんか?」

 俺は努めて低姿勢で話すが、それでも食い下がる。言って失敗するよりも、言わずに後悔する方が嫌だ。

「はあ? 一体なんだよ?」

 他の先輩、ケンゴくんも口を挟んだ。

 俺達は日焼けしているので皆んな似たり寄ったりの風貌をしている。顔立ちなど細かな部分を見れば皆んなそれぞれ違うのだが、俺は先輩達を髪型で識別している。リョウマくんは横と襟足を大きく刈り上げた短髪、ケンゴくんは逆に長い前髪のセンター分けだ。ケンゴくんは俺が目指す髪型に近い。


「ゴメン皆んな。そういや先月、俺が涼太に言ったんだった」

 黒いジャガイモのタツヤくんがケンゴくんに向き、やがて全員を見渡した。

「タツヤ? 何を言ったんだ?」

 一人が言う。

「大した事じゃねえ。ただ、どうしてもしたい事があるならなりふり構うなって、俺が言っちゃったんだよなぁ」

 たしかにあの日部室で、そんな事を言われた。しかし、今の俺はタツヤくんに言われて皆んなを集めたわけではない。

「タツヤく——」

「涼太、良いから黙れ」

 タツヤくんが真顔になった。


「——その時、こんな事も言ってたな?『先輩達と少しでも長くサッカーしたい』とかなんとか。俺ら、こいつに愛されてるぜ?」

「なっ——」

 ——ちょっと待て! なんで今それを言う!?

 顔が熱くなるのを感じる。

「へえ? 涼太、そうなのか? もしかして陸も?」

「それは俺も初耳ですねぇ? いや、先輩方は好きですよ? でも俺は『愛してる』とまでは言えないっすわー」

 先程俺に協力する姿勢を見せていた陸だが、話題が変わると途端に先輩側に寄っていた。つまり、ニヤニヤしている——つーか「愛してる」なんて言ってねえ!

 まるでアウェイでプレイしている心境だ。

「こいつ、部活を理由に女の誘いを断ってフラれたらしくてな? あん時はホントに大変だったなー」

 ——そんな事まで!

 皆んなの前で俺は縮こまる。今の一瞬でタツヤくんが嫌いになった。


「——そんなわけで皆んな、ちょっとこいつの話、聞いてやってくれねぇか? こいつは俺らの為に必死こいてこんな事してるんだ。リョウマも良いだろ? なぁ、?」

「……わかったよ」


 先輩方が俺のノートを回し読みしている間、とても気まずかった。その後俺達は色々と話し合い、いつの間にか学食に居る他の生徒達は少なくなっていた。


  



 

 

 



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