第23話

 先に教室を出た俺は、教室から少し離れた廊下で嶋田を待つ。少ししたのち嶋田も出てきた。一度周囲を見渡すが、その目が俺を認めるとこちらへ足早に寄ってきた。

「なんで離れてたの?」

「いや、なんとなく?」

「ふーん?」

 ——つーかもう気付いてるんだろ?

 そう言ってやりたい。

 先ほどの俺は明らかに挙動不審だった。今も少しビビりながら対応している。俺の言動にどんな反応をするのか恐れながら嶋田に向いている。

 そういう人間が誘うそういうシチュエーション、彼氏が欲しいだのなんだの言ってる女子に気づかれないワケがない。そしてそれに敢えて乗ってくれていた——これは脈アリか?

 いや、違うかもしれない。

 他にどんな事が考えられるか。


「——ねえ、行かないの?」

「あ、ああ、そうだよな」


 俺は進行方向へ真正面に向き、真っ直ぐに歩く。

「歩くの早くない?」

「悪い」

 嶋田も付いて来ていた。

 先程から俺は、謝る頻度が多い気がする。


 玄関に着いた。

 少し離れた位置で靴箱の扉を開ける嶋田が、いつもよりも可愛く見える。

 目が合った。つい、逸らしてしまう。

 玄関を出て左へ行くと、駐輪場だ。俺の自転車は中途半端な位置にあるが、嶋田のは左端に停めてある——ちょうど良い。

 そこへ行く。


「……着いたよ。で? 話って?」

 前カゴに鞄を入れた嶋田が言った。

 俺を見上げるその目線で改めて身長差に気づく。

 ここに来る途中散々考え尽くした結果、ハッキリと言う事にした。

「大した話ではないんだけど、明日、陽菜達と遊ぶんだろ? 行くの辞めてくれない?」

 ちゃんと軽い感じで言えた気がする。

「は? なんで?」

 ——は? なんで? あ、いやそうか。そりゃそうだよな。

「いや、さっきたまたま聞いてさ。なんかカッコいい奴が来るみたいだけど、どんな奴が来るかわからないし」

 ——危ない奴が来る可能性もあるし……ああ違う! そんな事を言いたいワケじゃない!

「そんなの当たり前でしょ? 知らない人達と遊ぶんだし。てゆーか、なんであんたにそんな事言われなきゃなんないの?」

 そうか。「なんで?」とはそういう意味か——失敗した。ヤベェ。

「あーくそ……ちょっと待ってくれ」

「うん」

 嶋田はこれ以上文句を言わず、俺を待ってくれていた。だが、あまり待たせるわけにも行かない。他の奴の目もある。恐らくこの光景を見る奴らからしたなら、ただ男子と女子が喋っている、それだけの話だ。しかし俺はどうしても内容を聞かれている様な気がしてしまう。嶋田もそうだろう。


「俺は……俺は、嶋田に、他の男と遊んで欲しくない。すごく嫌に感じた。だから、行かないでくれ!」


 最後少しだけ声が大きくなってしまった。

「他の男っていうか、奥田、私と遊んだ事無いじゃん……」

 そう言う嶋田だが、声が少し小さくなる。

「それは——」

「じゃあ、奥田が代わりに遊んでくれる?」

 ——俺が? 嶋田と? それってオッケーって事か? ああ、でも……。

「ゴメン、明日は無理だ。部活がある。でも俺も嶋田と遊びたい。別の日なら——」


「もういい」

「え?」

 一瞬、時間が止まった。


「私、陽菜たちと行くから。だって奥田は来てくれないんでしょ?」

「いや、だから別の日——」

「別の日っていつ? 私が来て欲しいタイミングで都合良く休みになることあるの? ないでしょ」

「あ……」

「奥田に嫌だと言われて陽菜たちと行かないのはムリ」

「悪い、回りくどい言い方になって。でも俺は嶋田が好きなんだ!」

 言った。言ってやった。


「遅いから。もう聞いちゃったもん」

 ——遅い?


「——私は、私を大切にしてくれない人は嫌。どうしたいのかハッキリ言ってくれない人も——」

「だから俺はお前と付き合いたいんだ」

 俺は食い気味に言う。

「だから、遅いよ。私は会いたい時に会えて私を大切にしてくれる人が良いの」

「嶋田——」


「ありがとう。好きって言ってくれて嬉しかった。でも、ごめん」

 ——ごめん? ごめんってどういう事だ?


 頭がうまく回らない。

「私、もう帰るから」

 ——ああ、ごめんって、そう言う事?

 そうか、俺は今、フラれたんだ。簡単な事なのに、気づくのが遅れた。

 ——なんでだ? どうして俺じゃダメなんだ?

 違う。嶋田は理由を言ってくれた。だから俺が「なんで?」と思う筋合いはない。これは俺がただ、嶋田の返事を受け入れられないだけだ。

 言わないで後悔して、モヤモヤして、そうし続けるのはとても苦しいものだった。しかし、行動して失敗するのは、もっとツラい。ハッキリと拒絶されるというのは、こんなにも苦しいものなのか。

 行動さえしていれば大丈夫だった、という言い訳ができない。

 今まで通りに接すれば良い、という逃げ道がない。

 相手にとっての自分の価値がわかった時点で、行動してもしなくても同じ結果だったという事実もわかってしまう。

 黙る俺から視線を外し、嶋田が自転車のロックを外す。かがんだ嶋田の表情はうかがえず、小さくてつやのある頭だけが見えていた。

 上体を起こした嶋田と再び目が合う。

 ——何か、何か言うんだ。

「嶋田」

「……」

 嶋田は黙っている。


「こっちこそ悪かったよ。無理矢理連れ出したりして。でも、言いにくい事を言ってくれて、ありがとう」

「……うん」


 良かった。。フラれはしたが、それぐらいの事はちゃんとできた。それだけでまだ、自分を保つ事ができる。

 もう少しだけ強がろう。

 嶋田の後ろ姿が見えなくなるまで。

 

 

 

 




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