第22話

「行動する」とは言ったものの、いつ行動するか、それを俺は決めていない。タイミングを見計らっている。つまり、ちゅうちょしていた。

 陸には「今行けよ?」と言われた。しかしできるワケがない。嶋田は陽菜達と一緒にいたのだ。俺が恥ずかしいのは勿論のこと、あいつだって恥ずかしいハズだ。

 そうこうしているうちに、すぐにホームルームの時間になる。今日中に話しかけなければ。でないと、すぐに明日になってしまう。明日に話し掛けたなら手遅れだ。当日にドタキャンを強いる様な奴がフラれないワケがない——くそ。コレは言い訳だ。

 話し掛けない為の言い訳。

 なかった事にする為の言い訳。

 何もしない為の言い訳だ。

 こないだ陽菜に話し掛けた事で変わった気になっていた。

 だが根本的な部分は何も変わっていない。ちょっとしたイージーな物事を「挑戦」だとか自己評価して、行動したつもりになっている。「相手の為」とか言っておいて、それを自分の逃げ道に使っている。

 ただ流れに身を任せるだけで、自分の行動に責任を持ちたくないのだ。自分の苦痛を誰かのせいにしたいのだ。

 思い通りに行かないのは自分の不十分さが要因なのに、油断が原因なのに、それを認めたくないのである。

 先ほど俺は、嶋田に対する自分の気持ちを認めた。

 だが、それだけだ。それを「認める事を達成した」と自分に強がった。

 それだけで良いはずはない。

 決断しなければ、行動しなければ、意味がないのである。どんなにカッコつけた事を言っても、認めた事にならないのだ。

 自分の過去の失敗は理解している。同じ失敗を繰り返すのならば理解する意味がない。

 余裕などはない。


 ホームルーム中、ずっとそんな事を考えていた。担任の話す内容も、配られたプリントなども、何も頭に入っていない。


起立きりーつ! れい!」


 その言葉だけに反応する。

「あ、そーだ。明日全校集会だからな。朝メシちゃんと食べて来いよ!」

 髭面の担任の冗談だけは耳に入った。要するに「校長の話があるから気をつけろ」という事である。来週末も話をするのに、なんて熱心な校長だ。担任に皆んな返事はするが、その中身については気づいていないだろう——ってマズい、コレは現実逃避だ。


 俺は嶋田の席へ顔を向ける。まだ陽菜は居ない。陽菜は隣りの女子と話していた。

 嶋田は机の上に鞄を載せ、その上でスマホをいじくりながら座っている。

 俺は鞄を持ち、嶋田に早足で近づいた。

 嶋田が顔を上げる。

「ん? 何?」

「あ? んーと、用ってワケでもねえんだけど」

「用がないならナニ?」

「ちょっとさ、話がある」

「何?」

 ——なんだこいつ?「何?」しか言ってこねえ。

 俺はチラッと陽菜の方を見た。こちらを見ている。陽菜と一緒に居る奴らも俺を見ていた——気まずい。

「あ、やっぱアレだ。俺部活あるから——」

 気がついた時には逃げようとしている。

「だから、なんですぐ居なくなるの?」

 それを嶋田に阻止された。

「ちょっと自転車のトコに行かね?」

「なんで? あんた部活でしょ?」

「も、もちろん行く。けど、その前に話したいコトあるんだよ。すぐ終わるから」

「何? 私に一人で帰れって?」

「そういうワケじゃ……そういう事になるのか?」

「なんなの?」

 上手く言葉が出てこない。

「とにかく来てくれ。そして、一人で帰ってくれ」

 ——なんじゃそりゃ?

 自分の意味不明な言動に、心底呆れる。

「はぁ……」

 嶋田が溜め息をついた。当たり前だ。

 これは断られるだろう。失敗だ。

 嶋田は立ち上がり、鞄を手にした。

「急に変な事言って悪かったな。じゃあ俺——」


「だから、すぐ居なくなるな」


「へ?」

「自転車のトコ行くんでしょ? 早くして」

「あ、うん」

 思わず間抜けな返事をした。


 教室から出る時、陸が俺を見ている事に気づく。奴は笑いをこらえていた。

 必死な人間を笑う奴は、地獄に堕ちれば良いと思う。


  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る