第19話


「結衣、明後日久しぶりに遊ばない?」


 陽菜の声だ。明後日とは金曜日。今は三限目と四限目の間である。

 教室内で行われる会話達の中の、ほんの一つであるはずなのに、何故か耳に入った。ちなみに俺は次の時間まで充電中。机でうつ伏せになり、寝たふりをしながら聞き耳を立てる。

「ナニ? 急に」

「さっき授業中ウチの彼から連絡あって、今度皆んなで遊ぼうってハナシ」

 陽菜の口から「ウチの彼」と聞いても、もう心がざわつく事がないのは完全に吹っ切れた証拠だろう。

「知らない人が来るんでしょ? 私人見知りだからちょっと」

「だからよ? あんただってこないだ言ってたじゃん、『紹介して』って。チャンスチャンス!」

「えー? アレ冗談なんだけど」

「冗談でもなんでもいいから。じゃ、よろしくねー?」

「もう!」

 ——相変わらずワガママなやつ。

 嶋田が気の毒だ。学校以外では放ったらかしなのに、いきなり強引に誘うとは。選択肢もある様に見えて与えてない。

「それでねー? 彼の友達、カッコいい人多いんだー。結衣も絶対気にいるから」

「ホントにー?」

 なんだかんだで嶋田も乗り気だ——ま、本人の自由だし? 俺には関係ねーし?

「ホントホント! 少なくともココの男子の数倍はカッコ良いから」

 少しイラッとする——「ココの男子」が居る前で、んな事言ってんじゃあねえ!

「ねえ? あたしは呼んでくれないの?」

 別の女子だ。

「呼ぶ呼ぶー。でもつむぎ、なんか良い感じの人いるって言ってなかった?」

「言ったけど、やっぱり選択肢は多い方が良いじゃん」

「こいつー」

 ——「こいつー」じゃねーよ。男をなんだと思ってんだこいつら。

「紬が行くなら私はいらないんじゃない?」

 ——お、嶋田? やっぱ行くの嫌か? うんうん、お前の気持ちは良くわかる。

「結衣、あんたなんでそうなの? もしかして男が嫌い?」

「んな事ないっつーの」

 今の陽菜のセリフ、前に俺も言われた事がある。「なんで彼女作らないの?」とかなんとか——自分以外の奴らがモテる前提でハナシをしてんじゃねー。

 それに俺は陽菜が好きだった。目の前に居る好きな女からそんな事を言われてどう返せば良いのだろうか。

 その時の俺は前者の本音だけを返して、後者の本音は隠した。

「ふーん? とにかく、結衣が行くことはもう彼に伝えてあるから。よっぽど行けない理由がない限りは来てよ?」

「はぁ……わかったってば」 

 ——結局行くのかよ。

 せいぜい変な男を掴まされない様に祈ってやろう。

 ちなみに来週末から夏休みである。変な野郎に目をつけられたなら、きっと嶋田の夏は地獄なハズだ。部活にいそしむ俺は幸せだ。そういう事だ。

 今日の放課後は、いつも以上に燃えた。

 いつも以上に疲れて、そして夜、いつもの様に寝た——。


 映像が流れる。

 ——何処だ?

 いや、何処かはわかる。たぶん、食べ物屋か何かだ。中は明るいが、凄く明るい、というわけでもなく、照明の当たり具合にムラがある。壁や床に当たる光は間違いなく白なのだが、店は全体的に「銅色」っぽく見えた。長テーブルの下のに男女がそれぞれ脚を入れて座っている。男三人、女三人だ。

 テーブルの上には大きめな皿達が幾つか並び、緑鮮やかなサラダだとか焼き鳥だとか、大きな出汁巻き卵なんかが載っている。男女それぞれの前には少量の煮物が入った小皿と空の小皿が置いてある。箸を置く位置はそれぞれバラバラだ。大きめのグラス——ジョッキグラスというやつだろうか。そのグラスにオレンジとかピンクとか茶色とか、それぞれに色々な飲み物が注がれていた。

 たぶん、居酒屋だ。

「アズサちゃん、そろそろアルコール行っちゃう!?」

 テンション高めなヤローが言う。黒髪で色黒、髪が短い時の俺みたいな男だ。

「わたし、お酒飲めないから」

 応える女も黒髪、しかし耳に掛けたボブの内側は金髪である。

「無理に飲ますのは——」

 別の金髪で色白な男が口を挟む、が。

「アズー? 空気読めってー?」

 別の色白の女が更に口を挟んだ。口紅がやけに赤い。

「ナミー、やめなって」

 咎める別の女も笑ってる。なんか上品な感じだ。

「俺もアズちゃんの飲んでるの見たい!」

 馬面の男も煽る。

「おい——」

「タカシも空気読めってー。はいアズサちゃん、俺のビール! まだ口付けてないから飲んで良いよ?」

 色黒がアズサと呼ばれる女にジョッキを手渡す。


『分岐です。彼女はビールを飲みますか? それとも断りますか?』


 ——この夢、狙ってんのか?

 見た目も性格も違うが、このアズサに嶋田が重なって見える。


「彼女は飲まない! 断る!」


 俺は速攻で答えた。この夢がどんな夢であるかも忘れて。

 ——しまった! ついイライラして答えちまった!

 ただ、このアズサは「酒を飲めない」と言っていた。つまり、アルコールを飲む事が危険、そういう事なのだと思う。今日の分岐はイージーだ。昨日の夢だって考え過ぎた結果カウントダウンぎりぎりになっていた。だから、大丈夫だ。

 そんな事を考えて俺は、自分の選択を肯定する。

 しかし、俺はこれも忘れていた。

 この夢に共通するのは「生か死」だけで、その要因は夢ごと個別に考えなければならない事に——。



 

 

 

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る