第17話
その日、俺達にはいつもの日常が流れていた。というか、いつもの日常が流れていない日などはない。テスト前だろうが後だろうがいつも同じなのだろう。
だが夏休みが近づいて来た今、俺は少しだけそわそわしている。地区大会の一次予選を八月に控える俺達にとって、夏休み中こそ勝負の時期なのだ。だから今日も早く練習したい——結局いつもと変わんねー。
ちなみに今は昼休み中だ。大抵の奴らは昼食を済ませて教室から出て行ったりペチャクチャ自由気ままにテキトーなお喋りなんかをしている。俺もそうだ。
「——ところで涼太、髪切れよ?」
先週末に髪を切ったばかりらしい陸が俺に、余計な事を言う。横や後ろが完全に刈り上がった短髪は確かに男らしく、こいつのイカつさに磨きをかけていた。
「まだ切らねーよ。伸ばしてんだって」
俺の髪の毛は五月から伸びっぱなしだ。だがまだ足りない。前髪が眼より下になるくらいまで伸ばしたい。
「ああこの前言ってたよな、ムドリクみたいにしてえって。でもせめてツーブロくらい入れとけば?」
「やだって。伸ばしたい部分切られるかもしんねーじゃん?」
確かにもみあげや襟足は少し鬱陶しい。しかし、負けるわけにはいかない。
「それはそれで良いじゃん。俺は男らしいお前になら抱かれても良いぜ?」
「きめーって。ふざけんじゃねえよ」
「まじまじ。俺はお前が——」
「だからやめろ」
うんざりした俺は陸から離れる。すると女子達が目についた。俺達と同じようにじゃれあっているが、気にせず声を掛ける事にする。
陸の視線も気にしない。
「おい陽菜、そういやテニス部行かなくて良いのか?」
迷わず俺は陽菜を選んだ。
「は? いきなりなに?」
久しぶりに話すというのに陽菜はとてもナチュラルである。
一緒の嶋田が意外そうな目で俺を見た。
「お前、男と遊んでばっかだろ? 大会とか大丈夫かなって」
「良いの良いの。だってテニス飽きちゃったし。あ、そういえば合宿あるって言ってたな? 良い機会だし辞めよーっと。教えてくれてサンキュー涼太」
「……お前」
陽菜はこんな奴だ。
「奥田くんどうしたの?」
嶋田が口を挟む。
「何が?」
「いや、いつも女子に声掛けないから」
なんて白々しい奴だ。
「あ、それウチも思った」
陽菜が嶋田に同意する。
「それこそ『はあ?』だぜ? 俺とお前の仲だろ?」
「誤解されるからやめろっつーの」
「
「あ、そうだっけ? 陽菜、俺らが話したの最後、いつだっけ?」
嶋田の言葉に俺はとぼけた。
陽菜が微妙な顔をする。
「知らねーって、少なくとも入学してからはこれが初めて」
「ウソ!? あんたら中学の時仲良かったって言ってたじゃん!」
「あれ? ウチ
「あ、それは……」
——こいつ、マジで俺に興味なかったんだな? 早まって告んなくて良かった。
「むしろなんで俺の事話してねーの? 昔はあんなに仲睦まじく——」
「だからやめてって。ウチにはもう大事なヒトがいんだから」
「それなんだよなー? お前に男ができたせいで、話し掛けづらくなったっつーか」
「ナニソレ? 女々しー」
「うるせえ」
つまる所これはリハビリだ。
勝手に気まずくなって、勝手に離れて行った事に対しての。今までずっと気にしてた事が、今朝になって、急にスッキリしたのである。
「じゃあ私に彼氏ができても話かけづらくなる感じ?」
再び嶋田が口を挟んだ。
「お前には元々話掛けづらい」
「どーゆーイミ?」
ちなみにこれは仕返しだ。「何の?」と訊かれても困るのだが、とにかく、仕返しである。
「へー? あんたらいつの間に仲良くなったの?」
「え? あ、仲良くはないわよ?」
「ひでーなおい。ま、俺らにも色々あったのさ」
否定する嶋田とは違い、俺は曖昧に答える事にした。
「ふーん?」
また陽菜が微妙な顔になる。
「邪魔したな? じゃあごゆっくりー」
「ちょっとまた——」
「ねえ結衣?『また』ってどういうこと?」
俺が離れると、俺のせいで大人しくなっていた他の女子達が再び騒ぎ出した。
俺は陸の元へ戻る。
「おい、見てたぞ? どういう事だ?」
スマホを弄っていた陸が顔を上げて小声で囁いた。
「見せてたからな? つまり、そーゆーコトだ」
俺はわざとらしく口角を上げる。
「うわー。やっぱこないだのは嘘かよー?」
「お前がしつこそうだったから」
「じゃあなんで今教えんだよ?」
——なんで? 確かになんでだ?
「たぶん、お前の愛を拒否したくなったんだ」
「うわ。本気にしたのかよ? 冗談通じねー奴」
「本気にするわけねーって。そっちこそ冗談通じねー。ただそういう気分になっただけ」
「そういう気分ねぇ?」
そういう事に、しておこう。
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