第15話

 映像が流れる。

 またあの夢だ。

 昼間の俺は覚えていない。

 しかし、今の俺は覚えている。

 ここは何処かの山だ。背の高い太い木々や背の低い細い木々がまばらに立ち並び、落ち葉が敷き詰められた地面に、独特な、色々な形の草が茂っている。

 木々や草が少なく起伏も比較的少ないひらけた場所で、小学生くらいの子供が三人遊んでいる。男の子が二人、女の子が一人。

 どうやら「かくれんぼ」が始まるらしい。男の子の内の一人が鬼役だ。


『分岐です。彼は一人で隠れますか? それとも女の子と一緒に隠れますか?』


 俺は「女の子と一緒に隠れる」を選ぶ。その方が安全だと思ったからだ。親らしき人物が居ない事に少し疑問を持ったが、俺には選択肢の方が重要だった。

 男の子と女の子が一緒に傾斜を登る。女の子の方が早くに上まで登り切り、そこから下を見ると、川がある。川の淵がコンクリートで出来ている事を見るに用水路、と言った方が正しいだろう。

 後に続いた男の子も登り切るが、少しよろけてつまずいた。

 女の子は驚き、倒れる男の子を避ける。

 男の子が川の方に転がって行った。

 途中で細い木の根元にぶつかり、動かなくなる。

 女の子が泣き出した。

 夢が終わる。


 次の日——またあの夢だ。

 今日も楽しい一日だった。部活もそうだが帰り道、嶋田とすれ違った。忘れ物をしたなら昨日取りに行けば良いのに一日経ってから来るとは、少し抜けてる奴だと思う。その事をそのまま伝えると予想通りに機嫌を悪くしていた。

 昼間はとても晴れやかな気分なのに、夜になり眠りにつくと、途端に気分が悪くなる。後悔する。何故眠ってしまったのか、と。

 今日の夢は横断歩道だ。青信号を婆さんが渡ろうとしていた。


『分岐です。彼女は横断しますか? それとも辞めますか?』

 

 普通なら「渡る」だ。何せ婆さんの見る信号は青である。

 だが分岐。この分岐が出るという事は、普通ではない何かがあるのだろう。もしかしたら信号を無視する車に轢かれてしまうのかもしれない。

 じゃあ「辞める」とどうなるのか。

 渡らなければ安全か。

 たぶん安全だろう。

 でも違うかもしれない。

 歩道に車が突っ込んで来る様な可能性もある。

 どうするか。

 わからない。

 わからないから待つ事にする。


『まもなく時間です。カウント10で自動的に彼女の行動が決まります』


 俺はカウントされる数字を、ただ待っている。選択肢の結果を。

「選ばない」のも俺の選択の一つだ。それでも選ばなければ、自動的に、自然な結果になる。婆さんが自分で選んだ通りになる。

 俺が悪くなくなる。

 昨日の子供や、その前の少女の時みたいに、嫌な気分にはならないハズだ。


『————0』


 映像が、動き出す。

 婆さんは進むのを辞めて、自分の鞄を。その間に、横断歩道を信号無視した車が猛スピードで通過する。

 婆さんが驚いて尻もちをついた。

 婆さんは助かった。


 ————またこの夢だ。

 暗い。夜だろう。民家と民家の間の道路。歩道などはなく、ブロックで出来たへいに沿って、若い女が歩いている。

「OLっぽいスーツ」を着ていた。濃いグレーの地味なスーツだ。タイトなスカートから伸びる脚もタイツの黒に覆われている。仕事帰りなのだろう。手に下げた鞄だけがカジュアルで、時折りすれ違う電柱にこすりそうになっている。


『分岐です——』

 

 俺は選ばなかった。

 どうなろうと俺のせいではない。


『——0』


 女の履く靴のヒールが折れた。

 女が転ぶ。

 ちょうどそのタイミングで車のライトが近づいて来た。

 女に気づかず頭の上をタイヤが通過する。

 完全に通過する前に車が停まった。

 女の頭部は、車の下に、隠されていた。


 ———またこの夢か。

 男だ。

『分岐です——』

『————0』

 男は死ななかった。


 ——————夢だ。

 分岐だ。

 選ばない。

 死んだ。

 

 ————————夢。

 分岐——。

 死ななかった——。

 

 そうやって俺は、この夢をやり過ごしている。

 どうやらこの夢の分岐とは「生きるか死ぬか」の分岐であるらしい。俺の選択次第で生きるか死ぬか、そういう夢だ。きっと最初の冴えない男子も「トイレに行く」を選んだのならば、そういう目に遭っていたのだろう。何日か前に観た「トイレの爆発」がそうなのかもしれない。あの野球部員も「諦めなければ」死んでいたに違いない。一見不幸に思えたあの結末が、彼に取っては正しかったのだ。

 昼間にニュースで知る事もあったし、そうじゃない事もある。

 だが考えた所で、選んだ所で、意味はない。

 選んだ所で無駄なのだ。

 死を免れたとしても、生き残れたとしても、それが良い結果かどうかはわからない。

 あの少女が。

 俺のせいで自殺に失敗したあの子に起こった結果が、それが良いものであるとは俺にはどうしても思えない。

「生きてさえいれば良い事がある」とは誰が言ったのか。適当な嘘にしか思えない。

 そして選ばなければ、

 昼間、平和に、のほほんとしている俺に、罪はない。全て忘れて楽しく日常を送る俺に。

 俺にとって大切なのは起きている時間だ。今の時間は単なる夢だ。

 傍観者に徹しよう。

 寝ている時間の俺に必要なのは「無」である。決して無視できないこの夢を、それでも無視し続けられる様に、精一杯に観ないフリをしながら、考えない様にしながら、ただ夢が終わるのを待つ。

 それで良いのだ。

 それが正しい。

 どうせ何を選んでも俺には関係のない事だから。

 

 そして幾日が過ぎ、今日もまた、この夢を観ている。

 ——今日もまた無視しよう。

 今日もそんな事を考えていると「今日の人物」の顔が映った。

 女だ。女子である。

 俺は今日も無視できるのか。

 できるわけがない——。

 

 そこに映っていたのは、つつ、だった。

 

 


 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

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