神との戦い

めへ

神退治

何日も雨の降らぬ日が続き、恵美の住む村は干ばつに襲われていた。

村では雨乞いの祈祷がなされ、人間の生贄が捧げられた。しかしそれでも雨は降らない。


数年前、干ばつになった時同じように祈祷と生贄を捧げたところ、10人目の生贄を捧げてようやく雨が降った事からこの儀式には効果があると信じられている。

雨が降るまで人身御供は続くだろう。


馬鹿げている、と恵美は思った。雨神様などというものが存在するなら、人間を苦しめ、自らの力を誇示して喜んでいるろくでもない奴に違いない。しかしそんなろくでなしにへりくだらねば生命を維持する事すらできないのが悔しかった。

何とか反撃してやりたい、しかしどうすれば良いのか分からなかった。人間と神とでは能力に差があり過ぎる。何をどうすれば良いのかすら分からない。


同程度の能力を持つ神を味方につけるというのはどうだろうか、と恵美は思いついた。

山神―雨はその気になれば、山だって土砂崩れで消し去る事が可能だろう。それに山神は女嫌いの女神だと聞くから、恵美の願いなど聞いてはくれまい。


海神―海はどれだけ干ばつになろうとも干からびた事が無い。海神こそが雨神に対抗できる神かもしれない。


そのような訳で、恵美は海辺へ行き祈った。すると海の向こうから影が現れ、波しぶきをたてて巨大な龍が現れた。


「あなたが海神様ですか?」


「さよう。」


海神は厳めしい表情を変えずに低くよく通る声でそう言った。

恵美は跪き、半身を伏せて訴えた。


「私の住む村は、雨神様の横暴による干ばつに苦しんでいます。どうか雨神様を説得してください。」


「やっつけてください」とはさすがに言えなかった。海神が雨神と仲が悪ければ良いが、そうでなければ怒りに触れる可能性がある。


「分かった、そうしよう。」


「本当ですか?!」


「それで?むろんタダと言う訳ではなかろう。」


「…その、干ばつが収まりましたら作物も多く採れると思います、それからで構いませんか?何しろうちの村には今、本当に何も無くて。」


「人間ならおるではないか。村の若者を男女合わせて10人、生きたまま海に沈めよ。それで手を打とう。」


恵美は内心舌打ちした。こいつもまた、雨神同様のクソ野郎だ。クソとクソをぶつけるのは面白いだろうが、代償が酷過ぎる。


恵美は何も答えず、踵を返し海神の呼び止める声を背に帰って行った。



次に向かった先は山である。干ばつで木や草は所々枯れてはいるものの、まだ青々とした木々や草花が僅かに残っていた。山は普段女人禁制だが、今はそれどころではない状況なので咎める者は誰もいない。

恵美が跪いて祈ると、しばらくして気配を感じ振り返った。そこには赤い着物姿の女の子が立っていた。前髪を眉の辺りで揃え、長く黒い髪をなびかせている。目はぱっちりとしていて大きく、不思議なものを見る様子だ。


「私に何か用?」


女の子は鈴の鳴る様な声で言った。


「山神様…ですか?」


「そうだけど。」


恵美は体を伏せて顔を地面に付けた。


「お許しください!大変申し訳ありません!」


「ちょっと、ちょっと、どうしたの?何を謝ってるの?」


恵美が顔を上げると、山神は困惑した顔で首を傾げている。


「申し訳ありません、山神様が女嫌いとは聞いていたのですが、どうしても聞いていただきたい事があって、失礼を承知でここへ参りました。」


「…今、そんな事になってるんだ…困るんだよなあ、人間の勝手な都合で私の事を勝手に決めるの。」


「違うんですか?」


「違いますよ?何の為か知らないけど、そういう事にしといた方が都合の良い理由が人間側にあったんでしょ。

で、私に聞いてほしい事って何?」


「うちの村は今、雨神様の横暴で干ばつに苦しんでいるんです。雨神様をやっつけていただけませんか?!」


海神と違い、普通の村娘の様な姿や気安い物言いをする山神に対して、恵美は少々気が緩み思い切った事を言ってしまった。


「雨神なんていないよ?」


山神があっけらかんと言ったので、恵美は「へ?」と思わず不意を突かれたような声を出した。


「雨は海神が降らせてるの。」


「なるほど…だから要求するものが雨神と同じだったんだ…実はここに来る前、海神様に頼みに行ったんです。そしたら…10人の生贄を捧げろって。」


「えっぐ…」


山神がホラー映画でも見たような顔になった。


「山神様は、生贄要らないんですか?地方によっては捧げるところもあると思うけど。」


「要らないよ、そんなの貰ってどうすんの。それに山神って何人いると思ってんの、山の数だけいるんだよ?」



「そうなんだ…」


「それはそうと、干ばつが続くと正直私も困るんだよね。ホラ、山の草木も枯れてきてるし…よし、雨神退治に行こう!」





…………………………………………………………………



恵美が再び海辺へ行くと、間もなく海神が現れた。まるで彼女が来る事を知っていた様だ。


「やはり来たか。」


「はい…捧げものの内容に臆してしまいましたが、背に腹は代えられません。」


「気にするな、お前の様な若い娘には少々荷が重過ぎたろう。」


「村人たちと相談しました。その結果、海神様にお縋りするしかないと…」


海神は満足気に頷き、得意げであった。


「村の近くに山がございます、そこで生きたまま燃やす形でお捧げしたいのです。海に沈める約束でしたが、せめて陸の上でまだ緑の残る地で最後を迎えさせてやりたい、お願いいたします。」


「構わぬ、しかし生贄はわしのものだ。山神に奪われてはかなわぬから、同行するぞ。」


「もちろんでございます。」



恵美は海神を山へ導き入った。山に入りしばらくすると、海神は何かに足を引っ張られた様になり先へ進めなくなった。


「な、何だ?!これは?!」


土から這い出た木の根が海神の尾に絡み付き、しっかりと握っている。それを合図に、大量の木の根が地面から這い出て海神に絡み付いた。

凄まじい断末魔の悲鳴をあげながら、海神は散り散りにされてしまい後には細かい肉片が残ったが、それも消えてしまった。


木の根が這い出た衝撃による地震に怯え、恵美は頭を抱えてうずくまっていたのだが、手の甲に水滴を感じ空を見上げると雨が降り始めていた。


「どうして雨を降らせる神様がいなくなったのに、雨が降るんだろう?」


「神様なんかいなくても、雨は降ったり止んだりするんだよ。神様はそれを操る力があるだけ。」


いつの間にか隣にいた山神がそう言った。


「海神様が優しい方だったら良かったのに。そしたら干ばつにも、洪水にも心配する必要は無かった。」


「なかなかねえ…神様も完璧じゃないから。権力は人を変えるでしょ、神様も同じ。だからこういう人の生死を司る様な役割は、神という巨大な力を持つ存在に任せるべきではない。」


「だからって、私たち人間には雨を支配する能力が無い。これからは自然のままに降る雨の洪水や干ばつに苦しむんだね。」


「知恵を使いなさいよ、私たち神には無いものだよ?知恵を使えば、いつか人間が神を超える日が来る。」


いつかそんな日が来たとしても山神様だけは大切にしたい、と恵美は思った。





※リリカ様(@ririkadq)が描いてくださった山神様です↓


https://kakuyomu.jp/users/me_he/news/16817330664112793841

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