朝起きたら幼馴染が隣にいる

第42話 朝ヶ谷ゆうと電車の切符


 僕は階段を駆け下りると教室に戻ってカバンを回収する。昼休みも残りわずかとなった。今は13時前。全力で走れば14時の電車には間に合うだろう。


「おい、どうしたんだい朝ヶ谷くん」と、クラスメイトが話しかけてくるが、無視だ。


「悪い。先生が来たら僕は死んだと伝えてくれ!」


「は!? おい、どこへ行くんだ!? 授業が始まるぞ!」


「早退なんてずるいぞ!」


 僕は驚くクラスメイト達を後目しりめに教室を飛び出した。教室に戻る人波に逆らうように僕は走る。迷惑などかえりみない。なぜなら僕は校舎内100m走の優勝者だからだ。僕がクソ真面目優等生だと思ったら大間違いだ。誰かにぶつかった気がするが、気にしない。真面目なヤツにこんな事ができるか!


「諸君! 僕は速いぞ! あの天ヶ崎蝶にも負けなかったくらいには速いぞ! 怪我をしたくなかったらどくことだ!」


 1年生の教室は三階にある。僕は舞羽がそうしたように階段を飛び降りてショートカットを試みる。なるほど。やってみると意外と楽だ。はやる気持ちに従うのも悪くないと思った。


 僕は軟弱な弾丸となって校舎内を駆けた。それはとうてい褒められた行為ではなく、あとで反省文をたんまり書くことになるだろう。だが、それは構わない。誰かが決めたルールに従う必要などない。周りがダメと言うからダメだと思う事などない。授業をさぼるからなんだと言うのだ。本当にダメなのはやると決めたことを、幸せにすると決めた人を幸せにできない事がダメなのである。


 昇降口が見えた。だが、僕は上履きを履き替えるのも面倒くさくなって乱雑に履物を取り換えると、靴のかかとを潰して校舎外にまろびでる。と、校門付近に誰かが立っているのが見えた。


「来ると思っていたよ」


 水無月東弥だった。校門を背もたれにして腕を組んでいた。


「答えはでたのか?」


「でた。だからそこをどいてくれ」


「そうかそうか。ようやく自覚したようだな」


 クックックッと水無月は楽しそうに笑って、蛇のような目を僕に向ける。「では、聞くが。君にとって天ヶ崎舞羽とはどういう存在だ? 10文字以内で答えたまえ」


 その問いは数日前に水無月が投げかけた問いである。あのときは何も考えずに答えたが今は自信を持って言える。僕にとって天ヶ崎舞羽がどういう存在なのか。それを10文字以内で答えるなら………


「無理だ」と、僕はきっぱりと答えた。


「10文字以内で答えるのは無理だ。語り尽くせと言われたら何時間でも語ってやるが、短くまとめるのは無理だ」


「あっはっは! そうか! やっと認めたな! そうだ、君は天ヶ崎舞羽に恋などしていない。恋がさらに発展した感情を抱いているんだ。その絆は例えどんなに美しい宝石だろうと花だろうととって変わる事の出来ない、唯一無二の月なのさ! とうてい語り尽くせやしない魅力を知っているはずだ。無理。それが正解だ!」


 水無月はまるで喜劇でも見ているかのように高らかに笑った。その様子を見ているととても女子に人気とは思えないが、恋や愛について深い知識を有していることは疑いない。


 僕にとって天ヶ崎舞羽とは、幸せにしたい人であり、僕の人生の基盤を歪めた人であり、僕の人間性を根本的に作り替えた人物であり、気づけば隣にいる人物であり、僕の人生を彩る人であり、恋を超えた愛情を抱く人であり、僕の人生においてかけがえのない人であり、大好きな人だ。それを気づかせたのは彼に他ならないのだ。


「さあ、満足しただろう。そこをどいてくれ。僕には行かねばならない所がある」


 僕は一歩進み出ると水無月を睨みつけた。彼は分かっているという風に頷いて「だから俺はここにいるのだ。これを君に渡すためにね」と、そばの自転車小屋から自転車を一つ持ってきたではないか。


「君は足に自信があるようだが、事は一刻を争うのだ。俺の自転車を使いたまえよ」


「…………いいのか?」


「礼には及ばない。理由があってのことさ」


 僕は自転車にまたがった。サイズはピッタリであった。


「東京土産を期待しているぞ」


「その余裕があればな。恩に着るよ、水無月くん」


 学校のチャイムが5限の開始を告げる。僕はそれを合図にして家を目指してこぎ出した。


                  ☆☆☆


 家に着いたのは学校を出てから20分後の事だった。僕は庭先に自転車を止めて家に転がり込むと、部屋に向かって着替えの服をクローゼットから放り出す。


 今日は金曜日である。汗だくの学生服のまま電車に乗っていたら駅員などに止められてしまって余計な時間をくう事は考えなくても分かる。その危険を予め回避しておこうと思って家に寄ったのだが、リビングのテーブルの上に思わぬものを発見した。


『ゆうへ。お母さんは今日は泊まりだから家にいません。だから、あなたが何をしでかそうがお母さんには分かりません。例えどこかへ行ったとしてもお母さんが気づくことはありません。食材や必要な物を買うためのお金は置いておきます。母より』


 という置手紙と共に、電車の往復切符があった。13時45分発15時東京着の電車の切符であった。


「母さん……ありがとう」


 僕は手紙と共に切符とお金の入った封筒をショルダーバッグに詰め込むと再び自転車にまたがり駅を目指した。


 もうすぐで電車が出る。急げば間に合うだろう。


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