第28話 天ヶ崎舞羽の水着姿 2
すべてボタンをはずし終わった。舞羽はラップタオルの裾をつまんでためらうようなそぶりを見せたが、深い息を吐いて、
「…………見て」
と、ぱさり、と乾いた音を立ててラップタオルを脱いだ。
舞羽の肢体が
僕は息を呑んだ。
僕はオシャレには詳しくないが、彼女は白と黒の花柄のシンプルなパンツと黒のフレアのビキニ(胸の周りに短いフリルが付いたもの)を着ていた。
可愛いというよりは、美しく、大人向けの水着であった。
柔らかく白い体を包むのは黒い水着である。
幼児っぽいとさえ言って差し支えない舞羽のふわふわな肢体に、大人用の水着がアンバランスにマッチして、どこか背徳的な美しさを醸し出していた。
そうして、それすらも天ヶ崎舞羽という一人の人間を輝かせるスパイスに過ぎないのだった。
彼女の不思議な包容力が、数多の一面を、時には相反する言動を、そのすべてを包み込み、そして天ヶ崎舞羽を形作る1ピースに落とし込むのだった。
彼女の奇想天外さの源流に触れたようだった。
僕は、舞羽のそんなところに惹かれたのかもしれない。
「………どう?」
舞羽は視線をそらして、恥ずかしさを隠すように鎖骨に右手を置いて、言った。彼女の動きに合わせて黒いフリルがぐいと動いて、僕はドキッとした。
「………………………」
「どう……かな。似合って……ない、よね。やっぱり」
「そんなことは……………」
「………………………」
「………………………」
僕は、童貞だ。童貞というのは女性に免疫が無く、手を繋いだだけでドキドキする、この世でもっとも純粋で、かつ、下心にまみれた存在である。
どうして軽々に可愛いと言えようか? 女性を褒めるときは心からそう思った時に褒めるべきである。彼女らの努力を褒めたたえるときに僕達は初めて可愛いと言うのであって、決してワンナイトの相手を探す文句では無いのだ。なら、どうしていま可愛いと言えないのだろうか?
口が震えるという体験を僕は初めてした。口をどう動かせば声を発せられるのか、何が『あ』で『い』で『う』の形なのか忘れてしまった。
舞羽に「可愛い」と言いたい。ただそれだけなのに、僕は、あべこべに声を出せないでいる。もし一言でも発せば心臓が飛び出てしまいそうな恐怖さえある。
僕は童貞だ。童貞は欲望に突き動かされる生き物だが、その欲望に救われることもある。僕は無我夢中で腕を伸ばしていた。目は舞羽に釘付けのまま、腕が鼓動に突き動かされるように伸びて………
「ひゃっ」
と、舞羽が小さな悲鳴をあげた。「ゆう。急に抱きしめたら………びっくりする」
「ごめん……」
僕は衝動的に舞羽を抱きしめていた。みぞおちのあたりに特別柔らかい感触がある。舞羽の大きな胸が障害になって体が密着する事は無かったが、その隙間が、彼女の胸の大きさを強調するように感じられた。布越しにふにっと伝わる柔らかさ。僕は体中の血液が音を立てて流れるように感じた。
「かわいい」と、僕は言った。
「ひゃえ!?」
「とても可愛い。たぶん、世界で一番可愛い。舞羽が、一番可愛い」
一度
「可愛いって、すぐに言えなくてごめん。でも、本当に可愛いんだ」
「え、や、あぅ、ゆう、やめて、恥ずかしい、恥ずかしい……」
舞羽は感情のやり場に困るように僕を押し離そうとした。けど、その手に力はこもっていなくてくすぐったいだけ。それがさらに舞羽の愛しさを増すようだった。
「やめない。だって、本当に言いたかったんだから」僕はまた言った。
「ううぅぅぅぅ……………」
僕は童貞で良かったと、ここに高らかに宣言する。
舞羽は僕のお腹をぽこぽこ叩いたが、ようやく僕の心が彼女に届いたのだろう。「私、頑張ったよ。……頑張って、選んだ」と、ぽつりと言った。
「うん、伝わってる。舞羽が頑張った事、分かってるよ」
「えへへ………嬉しい」
舞羽はそう答えて、小さな手を僕の背中に回した。
僕は童貞で良かったと思う。
頑張って選んだと口にする舞羽のなんと可愛らしいことか。僕は彼女の容姿よりも、むしろ、舞羽の心を可愛いと言いたいのである。
頑張って選んだという一言以上に可愛いものがこの世に存在しうるのか?
彼女の心以上に初々しく気高い心が?
僕は童貞的清らかさでそれを享受する事ができた。それは世界で一番幸せな事であろう。
誇大妄想的フィルターがかかっていると言われれば否定はできないかもしれないが、それでも言わせてもらう。
僕は、僕から見た舞羽は、この世界で一番可愛いと言いたいのである。
それから僕達は部屋を出て海に向かった。舞羽と蝶が水際ではしゃぎ、僕が砂浜で眠っていると砂で固められたりもした。途中、蝶の水着が流されてあらわになった胸を僕と舞羽が同時に見てしまうハプニングがあったが、それは本
そして、昼間の舞羽の姿が忘れられず部屋で悶々とし、床をゴロゴロ転がっているところを裕二氏に見つかった事も割愛させていただく。
「この男はやはりだめだ」
そう語っているような彼の目を思い出したくないからだ。
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