一杯飲み屋

一杯飲み屋

　ええ、そうですよ、うちは江戸時代からやってるんです。え？　亭主ですか。戦死しましてね。いえいえ、大陸じゃなくて南方のほうです。飛行機乗りじゃないですよ、駐屯部隊。戻ってきたのは背嚢１個。それで葬式やれって言われてもねえ。もう昔の話ですけど。

　ええ、ここはあたしの実家です。子供抱えて大変なんで出戻ったんですよ。弟が継がないで出ていっちゃったもんで、親も人手が欲しかったみたいで。父親が亡くなって母親も体を壊したんで、今はひとりでやってますけどね。

　そう、こんな辺鄙な場所ですからね。昔は客入りもそこそこ良かったけど、駅前にデパートができて人の流れも変わって、わざわざ寄ってくれる常連さんも減っちゃったわねえ。初めてのお客さんなんて久しぶりだわ。

　いやですよ、お客さん、こんな年増くどいて。熱燗もう１本おつけしましょうか？　あれ？　お客さん、そのほくろ。いえ、ちょっとね、見たことある形だったから。でも、まさかね。