第5話 ばったり

「……そろそろいいですか?」

「ああ、ごめんごめん。もう大丈夫」


沈降ちんこう」していようが、そうでなかろうが、下半身を他人にまじまじと見られると猛烈に恥ずかしい。

たとえ相手が、下心ゼロの医学のプロだったとしてもだ。僕は自分から切り上げた。つまりはズボンを上げた。


 顎に手を乗せた彼は、言いにくそうにしながらも確認をとってきた。


「失礼なことを聞くかもしれないけど、体は女性として生まれてきて、性自認が男性ということではなく、心身ともに男性だったのが、急に体だけ女性になったん、だよね?」

「はい、そうです」

「ちなみに、山本くんが生まれた病院を教えてもらってもいいかな」


 僕が生まれたのは地元の病院だったので、その旨を伝えた。彼はペンを滑らすようにメモをとると、すぐにこちらへ向き直した。

「よし。本題に入るけど、生理に関しては女転にょてんした人も、生まれつきの女性も同じです。およそ月に1回、数日間にわたって起こります。出血をはじめとして、腹痛や貧血、精神的に不安定になったりと様々です」


 やはり女性の体になった以上は生理も起こるのか。いや、それよりも僕が聞きたいのは……

「あの、ショチョウ? っていうのは、僕の場合いつになるんでしょうか?」

 高校1年生にして突然女性になるのだ。本来の成長期からしても、やや出遅れている。

きちんと知っておかないとまずいだろう。


「それはなんとも言えないね。腹痛とか、おりものが出たりとか、そういう若干の変化を合図にするといいよ」

「はぁ、そうなんですね。一応今日も、お母さんが普段使ってるやつを1枚貼ってきたんですけど、使い方これで合ってますかね?」


 またしてもショーダウン。

2回目ということもあってか、恥じらいはさほど感じなかった。パンツに貼られたナプキンを確認した男性医師は、「うん」と小さくこぼすとこう口にした。

「使い方はそんな感じで合ってるよ。あと、これは確認なんだけど……女転のこと、親御さんにはまだ話してないのかな?」


いつまでも隠していいものか。そもそも隠せるかどうかも分からなくて、考えないようにしていたことを突いてきた。

「……はい、まだ言えてません。女転は1年くらいで治るらしいし、生理用品は自分で買って対応するんで、できれば内緒にしておきたいです」


 わがままで、女転を甘く見ている。

この発言でそう思われて怒られるような気がした僕は、だんだんと体が縮こまっていくのを感じた。

だけどこの人は、説教などはしなかった。


「そうか。まぁ、患者さんの意志を尊重するのが医者の務めですし、秘密は守りますよ。その代わり、我慢だけはしないようにね」


 無意識に胸のあたりに熱いものがこみ上げてきて、これも聞いておかねばと必要にかられた。

「それじゃあ、あらためて生理用品の説明から——」

「ちなみになんですけど、女転したら男の人を好きになるパターンってありますか? 優しくされたときとか……」


 僕はすがるような気持ちで尋ねた。

バカバカしいかもしれないが。


「うーん、それはちょっとなんとも。なにぶん、妻と子どもがいるもんですから……」

「あ、そういうことじゃないです」


◉ ◉ ◉


 あの医者は親身になって話をしてくれた。

生理痛の薬も処方してくれたし、あとはドラッグストアにでも行ってみるか。

昼用や夜用など種類がとても多いらしいし、そういう売り場に立ち寄ること自体、今までの人生ではなかった。


……とはいえ、このあたりにはまだ来たことがない。知らない駅で降りることすら緊張するし、土地勘がないとそれなりに困る。

女転のことといい生理のことといい、昨日の今日でスマホにばかり頼っている。

今もこうして地図を開いているわけだ。


「おっ、これは……」


 地図上でたまたま見つけた建物を拡大した僕は、そこに行ってみようと思い立った。

何もドラッグストアと限定しなくても、今や生理用品はどこにでもある。

全国的に名の知れた、しかし一度も行ったことのない場所。なんでも売ってある場所。


 ここからだと歩いて行けるので、街なかを観察しながら向かうことにした。

当たり前だが、東京というのはどこに行っても背丈の高い建物であふれている。左右どちらを見ても、そびえるように立ち並ぶ建物ばかりだ。

 そして人が多い。あそこの服屋には女性客がたくさんいるし、雑貨屋にも同じくたくさんいる。ラーメン屋らしき店には行列ができている。そんなに人気なのだろうか。

すれ違う人々に目を向けてみても、髪が赤い人やモデルのようにオシャレな人、僕と同じくらいの年齢の人たちもいて……


「ほらやっぱり! ユウちゃんだ」

「あらま……」


 これだけ人がいてばったり出くわすとは。

やはり狭いんだな、東京といえど。

向こうから、来寿らいじゅが2人の連れと一緒に歩いてきたのだ。

 来寿は僕に気がついたのか、2人と顔を見合わせながらこちらを指さして、やがて小走りで近づいてきた。


「よぉユウちゃん。何してんの?」

「あー、ちょっと用事があってさ。これからドンキ寄って帰ろうかと」

「ほ〜ん。てか昼メシ食った?」

「いやまだ」

「うちらこれからご飯行くけど、山本くんも来る?」

「いいの?」

「全然いいよー。いいよね司」

「おお。行こ行こ」


 午後になったばかりの頃、15秒のCMほどの短時間でこれからのスケジュールが決まった。

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