人里に向けて

「ねえ、キツネくんとタヌキちゃんの呼び名を考えようよ!」


 めぐるの提案に、彼女かのじょのうでにだかれているタヌキが「イエーイ!」とバンザイした。

 一方、そのとなりを歩くパートナーのキツネは無言の無表情。そのまたとなりを歩く祐斗ゆうとは「ふぅん」とそっけない返事をしただけだった。




 赤面あかつらをたおせば、めぐると祐斗の相棒あいぼうであるキツネとタヌキは、新しい能力を獲得かくとくする。

 そうして、より強力な力を得ていけば、2人はそれを使っていつか元の世界に帰れるかもしれない。


 実際、そんな能力が得られるのかはわからない。

 けれど、どうしたらいいのかわからないよりはマシだ。


 目指すべき道がハッキリした2人は、もう迷子のようではなかった。




「ノリ悪いなぁ、男子ぃ~。この世界の子どもはみんなキツネかタヌキを連れてるんだよ? 今は良くても、町についたら困るでしょ?」


 めぐるがじとりとにらんでも、祐斗とキツネは相変わらずだった。




 2人と2匹は、人里を探して歩いていた。

 このまま山の中にいたら、そのうちにたおれてしまう。


 リュックの中には幸い弁当と水筒すいとうが入っていたから、今すぐ困るということはなかった。でも、歩き続ければどうしてもノドはかわくし、夕方になればお腹もすいてくる。夜になれば安全な場所とベッドだってほしい。

 赤面をたおすよりも、まずは生きることを考えなきゃならないのだ。



 ちなみに、赤面にリュックをたたきつけたために、弁当の中身はぐちゃぐちゃだった。食べかけて、すき間のあいためぐるの弁当は、特にひどかった。

 でも2人はその弁当をよく味わって食べた。日本の、しかも自分の親の手料理は、元の世界に帰らなければもう食べることができない。

 非常食としてとっておきたい気持ちもあったが、いたんで食べられなくなってしまっては元も子もない。

 弁当箱のフタが開いて、中身が飛び出ていなかったことに2人は本気で感謝した。




「祐斗~。うち、呼び名ほしいやん。祐斗の考えてくれたのがほしいやん」


 あまえた声を出すタヌキ。しかし、無視する祐斗に、タヌキはめぐるのうでの中で、だだをこねるようにじたばたし始めた。


「ゆーうーとー。考えてやん、考えてやん、考えてほしいやーん! 考えてやん、考えてやん、考えてやん」


 こわれた機械みたいに延々えんえんとくり返されて、ついに祐斗がため息をついた。


「わかった! お前の呼び名はヤンだ。やんやんウルサイから、ヤン。それで良いだろ」


 指をさしながらそう言われ、タヌキは口をあんぐりとさせた。

 そして、口角が上がり、キラッキラの表情になる。


「うちの名前はヤン!? や~ん、うれしいやん! やんや~ん!」


「やんを増量するな!」


「……どう考えてもわざとだよぉ」


 ツッコミを入れる祐斗と、目を閉じて首をふるキツネを見て、めぐるが笑った。


「アハハ、息ぴったり! なんか、私よりも祐斗の方がキツネさんとパートナーみたい! ……そうだ! キツネさんの呼び名、ユージローってどう? 祐斗の弟とか2号って感じで!」


 祐斗とキツネが同時にイヤそうな顔をしたのを見て、めぐるとヤンもまた同時に「決まり!」と顔を見合わせて笑った。




 そんなふうに、まるで学校登山の続きみたいな雰囲気ふんいきで、2人と2匹は山の中を進んだ。

 整備されていないけもの道も、ゴツゴツとした岩の間を流れるエメラルド色の川も、2人にとってはめずらしいものだった。


 小ぶりなたきを見つけたときには、思わずかけ寄った。何かがキラリ、キラリと光っている。

 激流に逆らってジャンプする川魚が、ウロコで陽光をはじいていたのだ。

 くだける水面から飛び出しては空中で身をくねらせるその姿に、2人は元気と感動をもらった。




「赤面はどうして出会うと絶対におそってくるの!?」


 何度目かの戦闘せんとうの後、めぐるの悲鳴にユージローは「そういうものだからだよぉ」とのんびり答えた。



 赤面にはたびたび出くわした。最初は苦戦したが、相手はいつも1匹で現れたため、数の利でなんとか勝つことができた。

 そうして段々だんだんと戦い方が身についていって、特にユージローとヤンが火の能力のあつかいに慣れてくると、難なく勝利をおさめられるようになった。



 しかし、何匹か赤面をたおしたところで、めぐるが暗い声でつぶやいた。


「しっぽ増えないね……」


 しっぽどころか、顔の模様も増えない。

 赤面をたおせば新しい能力が使えるようになり、そうして得た能力で元の世界に帰る。はずなのに、これでは帰ることができない。


「気長にやるしかないよぉ」


 やっぱりのんびり答えるユージローに、祐斗はうなずいた。


「レベルアップすると、次のレベルまでに必要な経験値が高くなるもんな」


「確かにゲームならそうだけど……」


「ゲームじゃなくたってそうだよ。ゲームも勉強も運動も、最初はガッとできるようになるけど、その後はちょっとずつじゃん」


 それもそうかも。

 めぐるはハッとして、まだまだがんばってみようという気持ちになれた。




 お茶を飲み干してからは、川沿いを選んで歩いた。流れがおだやかになったらから水筒すいとうに水をくもうと思ったのだ。


 ヘトヘトになったところで、ようやく水をくめた2人は、大喜びで口をつけようとした。

 しかし。


「待つんだよぉ」

「待つやん!」


 ユージローとヤンに全力で止められた。


「何でジャマするん……ウワッ!」


 声をあらげた瞬間しゅんかん、2人の水筒すいとうがほのおに包まれた。

 反射的に投げ捨てそうになったが、不思議と熱くない。


「これで飲んでも大丈夫だいじょうぶだよぉ」


「一体何をしたの?」


「川の水から、祐斗たちが飲んだらいけやんニオイがしたやん。だから、うちらの能力でそれを消したやん」


 おそるおそる2人が水を飲んでみると、ほのおに包まれたはずのそれは冷たくて、とてもおいしかった。


「プハーッ! 生き返るー!」


「ノドがうるおったら、今度はお腹がすいてきちゃった」


 めぐると祐斗は期待のまなざしで相棒あいぼうを見た。が、2匹は突然とつぜん、毛を逆立てて、木々のやみに向かって身構えた。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る