1ー⑩

「ねえ、見た?あの動画」


「ヤモリ男だろ?すげーよな。ビルの壁をサササーって」


 教室内で同級生たちが話す話題を勇は聞いていた。クラス中、いや敦賀市中がその話題で持ち切りだった。カシムと会ったあの日から数日、勇は夜な夜な家から抜け出して、自らに宿った能力であるヤモリのファンデルワールス力による移動を楽しんでいた。 しかし、現代は国民の殆どがネットに接続されたカメラでもあるスマートフォンを所持している時代だ。田舎の夜中といえど、人は歩いていないわけ ではない。勇がソースカツ丼でおなじみのレストラン『ユーロッパ軒』ビルに登っている様子がばっちりと動画で撮影され、 YouTubeにアップロードされてしまったのだ。不幸中の幸いか、パーカーのフードを目深に被った勇の顔は映らなかったため、ヤモリ男の正体が彼であるという事は誰にも気付かれていない。



『何てことをしでかしたんだ、君は!!』


 電話口でカシムが怒鳴る。以前に会った時のクールさからは想像も付かないくらいの怒りが窺えた。


『ネットに上がった動画をREXの奴らが見たら、君を探しに敦賀市まで来るぞ!?』


 勇が動画を撮られたビルにはでかでかと“ユーロッパ軒”の文字が書かれている。それを検索すれば一発で場所の特定が可能だ。


「き、来たらどうなるの?」


『君を見つけたらREXの本拠地へ拉致するだろうな。そこから先はどうなるかは知らん』


 勇は自身の行動がいかに軽率だったかを後悔し始めた。


『しばらく家から出ずに大人しくしていろ。学校にも行くんじゃあないぞ』


「学校も!?単位が足りずに留年したらどうするのさ!!」


『そんな事まで私が知るか!自業自得だろう!!』


 そう言うと、 カシムは通話を切った。 校舎の裏でスマホを学生服の内ポケットに仕舞った勇は校門へと歩き出そうとするが……


「あっ」


 ばったりと紗良に会ってしまった。


「何が「あっ」よ。……っていうか、誰と電話してたの?電話の相手、すっごい怒鳴ってたけど」


「な、何でもないよ。君には関係ないだろ!?」


「あんた、変なことに巻き込まれてるんじゃないの?」


 巻き込まれている。現在進行形で命の危機に。しかし無関係の紗良を巻き込むのだけは 絶対に避けたい。勇はその場を立ち去ろうとしたが……


「ユウ!!」


 良は勇の左肩を右手で掴み、


「待ちなさい……よっ!!」


瞬く間にチキンウィングフェイスロックを勇に掛けていた。 10年ぶりに食らう紗良の関節技。しかし、今の勇はあの頃より力も体格も紗良を上回り、おまけにヤモリの半爬者である。空いた右手の手首から先をヤモリのそれに変化させて壁に吸着。それを支えにジャンプすると体を水平方向に回転させ、その勢いで紗良の手による拘束を解いた。


「え?何よ今の解き方……って持ちなさい!!」


 走り去る勇を紗良は追い掛けてゆく。


「あんた、絶対変!!何もかも!!」


 校門からバス停までの途中で勇に追い着いた紗良は、息を切らしながら言う。


「さっちゃん、本当に僕には関わらない方がいいんだって!」


「……何で?」


 そう問われて説明するわけにもいかないもどかしさが勇にはあった。するとそこへ……


「勇坊!さっちゃん!」


「「ゲンさん!!」」


 パトロール中の源治郎が勇と紗良に声を掛けた。 今日はスーパーカブではなく、パトカー仕様の軽自動車だ。


「ゲンさん、ユウったら何か隠してんのよ!」


「何?そいつは聞き捨てならんな。青少年を健全な道に進ませるのも本官の使命だ。二人とも乗りな。家まで送ってってやるから話を聞かせろ」


 あれよあれよという間に勇はミニパトへと押し込まれてしまった。

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