1ー⑨

「気が付けば、私も壮吉も無我夢中で戦い追っ手を皆殺しにした後で戦車を奪った。そして紆余曲折を経て日本へと渡ったというわけさ」


 カシムの話を聞き、彼が免許証に書かれた通りの年齢であったことを勇は実感する事となる。


「それで、二人ともどうなったの?」


 まるで童話を聞く幼子の様に、勇はカシムに続きを催促する。


「壮吉の実家は薬屋でね、あいつも実は薬学部出のインテリだった。 私達は壮吉の実家を前身として、 ある会社を立ち上げたのさ……それがレックス製薬株式会社」


「レックス製薬!?超大手じゃん!」


 レックス製薬株式会社─石鹸からワクチンまであらゆる薬品を世に届ける世界有数の製薬メーカーである。


「私たちは、レプティカルの力が人類の為になると信じて研究と開発に勤しんだ……だが、壮吉は途中で目的を違えてしまったのさ。爬虫人類達の声を聞いてしまってね」


「声?」


 カシムは答える。


「曰く、『地上を支配する哺乳類どもを排除せよ、地球を爬虫類の手に取り戻せ』とね」


 勇は背筋が怖気立つのを感じた。地上を支配する哺乳類……それは、他ならぬ人間 (ヒト)を意味するからだ。


「何だよそれ……」


「恐らくレプティカルは爬虫人類が地球の支配権を取って代わられた時、次世代の人類を爬虫類に変え再び支配する事を見越して作ったのだろう」


「それじゃあカシムさんは……」


「私は壮吉と袂を分かった。 奴が秘密結社REXという裏の組織を作り、世界中からレプティカルを集め出したからだ。……人類を全て爬虫人類とする為に!」


 Reptiles Evolution Xanadu……訳して“進化した爬虫類達による桃源郷”─それが大那壮吉率いる組織の名であり、彼らの目標である。


「しばらくREXは表立って動きを見せてはいなかった。しかしここ福井県でレプティカルが発掘され恐竜博物館に収蔵された情報を嗅ぎつけたのだが、一足先にREXの手の者に奪われてしまった」


「それが昨日の強盗事件……」


「そして、逃走中の強盗が君をはねた……私は強盗から奪ったレプティカルで君を半爬者にし、一命を取り留めた……だが、私が強盗を逃がさなければ君は轢かれることも化け物になることもなかったのだ!」


 カシムはベンチから立つと、勇の前で地に膝と額を突いた。


「すまなかった!宮守くん!!」


「……顔を上げてよ。大人の土下座なんて見たくないから」


 爬虫人類、レプティカル、秘密結社REX、普通の人間ではなくなった自分……一日で色んなことが頭に入りすぎた。


「で、カシムさんは僕に謝りに来ただけじゃないんだろ?」


 勇の問いに、立ち上がったカシムは答える。


「うむ。強盗が博物館から持ち去った3本のレプティカルの内、1本は私の手にある。もう1本は君の体に取り込まれた。そして最後の1本は既にREXの手に渡っただろう」


 REXは残る2本を執拗に狙ってくるであろう事が容易に想像できた。


「ただ、奴らは君にレプティカルが既に使われている事を知らない。君が今まで通り普通の高校生として目立つような事はせずに生活していれば、君に害が及ぶ事は無いだろう」


 勇はそれを聞いて安堵する。


「だが、もしもの時の為に私も暫くはこの町の旅館に滞在しよう。私の携帯電話の番号を教えておくので、困ったら連絡してくれ」


「OK!」


 受け取ったメモの番号をスマホの電話帳に登録する勇を見てカシムは訝しく思う。


「何だか嬉しそうだが、普通の人間でなくなった事への悲哀や謎の組織に狙われるかもしれない恐怖は無いのかね?」


「別に死んだり後遺症があるわけでもないし、普通の高校生でいる事にも飽きてきたからね。大人しくしてりゃ危なくもないってんなら僕に不都合な事は無いじゃないの」


 といいながら勇はスニーカーと靴下をおもむろに脱ぎ始めた。


「えっと……鱗化スケイライズ!だっけ?」


 勇の両手首と両足首から先が、たちまちヤモリのそれへと変わる。


「おっ!出来た!!」


「……かなり飲み込みが早いな、君は」


 そして靴下を詰めた左右の靴をビルの屋上から地上へと放り落とす。


「じゃあね、 カシムさん」


 勇はビルの外壁をファンデルワールス力を使い器用に降り始めた。


「オイ!目立つ行動はするなと言ったばかりだろうが!!!」


 カシムの怒声はビルの谷間に虚しく響く。やがて敦賀市にビルの壁を登る人影の噂が流れYouTubeに 『敦賀の街にヤモリ男現る!』という見出しの動画がアップされる事となるのを、カシムも勇もこの時点では知る由も無かった……


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