第38話  胸! 胸!

「ちょ、ちょっと母さん、胸! 胸!」

 妖精女王の洗濯い…絶ぺ…いや、あまり豊かではない胸を押し付けられ、自身の体との間で押し潰されてしまっている妖精に気付くたヴィーが、必死に妖精女王を両手で引きはがそうとしたのだが、妖精女王の手足はまるで蛇の様に絡みついている。

『あら? あらあらあらあら~? もしかしてヴィー君…お母さんの胸で興奮しちゃったぁ? でも、こっちの方は反応ないけど…』

 妖精女王は、盛大に勘違いし、そのうえ『ケケケケ…』と奇妙な声をあげていた。

 しかもその魔手はヴィーの股間へと伸ばされている。

「どこ触ってるんだよ! 違う、そうじゃない! 保護した妖精達が僕の胸に…潰れる!」

 ヴィーは悲痛な叫びをあげつつも、何とか妖精女王の束縛から逃れようと、必死にジタバタと藻掻いていた。

 その気になれば、妖精女王の束縛から逃れるぐらい簡単に出来るヴィー。

 しかしそんな事をすると、母と慕う妖精女王が怪我をしない保証は無い…いや、間違いな怪我をするだろう。

 なので、なんとか言葉で理解してもらおうと、力を抑えつつ頑張っているのだ。

『えっ……妖精? あら本当!』

 ヴィーの胸ポケットで目を回している妖精達を見つけた女王は、

『まあ! 気絶してるのね? 大変、大変! みんな~! ヴィー君が保護した妖精ちゃん達が危篤よ~!』

 女王が村中に響き渡る程の大声でそう叫ぶ。

 まあ、実際にはすぐ近くにこの村の妖精達は集まっておるので、そこまで大声を出す必要も無い。

 それに、どうも女王の言っている事は、多大な問題を含んでいる。

『お前の間っ平らな平原が彼女達にとどめを刺したんだよ! 気づけよ!』 

 長台詞なのに、何故か息をぴったり合わせ声を揃えて叫ぶ村の妖精達。

『がーーーーーーーーん!』

 村の妖精達が一斉に反旗を翻した事にショックを受けたのか、それとも自分の無い胸を揶揄されたのがショックなのか、はたまた自分が妖精達に止めを刺した事がショックなのか、その真相は不明ではあるが、地に崩れ落ちた妖精女王。

 その姿を見て、ヴィーとエルは、やれやれ…と、疲れをにじませた表情でため息を付いた。


「そもそも、何で母さんは僕達が到着するって分かったんだ?」

 女王の家の中、粗末な草で編んだだけの座布団に座り、ヴィーはお茶を啜りながら妖精女王に訊ねる。

『そりゃぁ、付近にはぐれ妖精とか妖精狩りに追われた妖精が出たって聞いたら、絶対にヴィー君が飛び出すじゃない?』

 妖精女王の騎士を名乗るのだから、それは当然の事と、ヴィーは小さく頷いた。

『そしてヴィー君とエルなら、間違いなくその日の内に妖精を保護して悪人はやっつけちゃうでしょう?』

 今回の事を振り返れば、確かに言われた通りなので、これにも頷く。

『んで、帰って来るならそろそろかなぁ~って、予想して待ち構えてたのよ!』

「いつから待ってた?」

『朝からずっと!』

 別に風邪を引いたわけでも熱が出たわけでも無いのだが、何故かヴィーはズキズキと酷い頭痛がしてきた気がした。

『ヴィー君、風邪?』

 幻痛ではあるのだが、額に手を当てているヴィーを見た女王が、心配そうに声を掛けて来…だけでは納まらず、そのしなやかで真っ白な手をヴィーの額へと伸ばして来た。

「だ、大丈夫! 熱なんて無いから! ちょっと疲れただけだから!」

 妖精女王は、まだ少年の域を出ないヴィーであっても、気後れするほどの美人である…胸は残念だが…。

 多感なお年頃のヴィーなので、そんな超が付くほどの美人に額に手をあてて熱を測られる…などという事をされでもしたら、たとえ今が平熱であろうとも、体温が上昇し掌が熱く感じてしまうかもしれない。

 常は母と慕う妖精女王でも、やはり異性である。

 気にしなければどうという事も無いのだが、意識してしまうとやはり気になる。

 なので慌てて妖精女王の手から逃れるべく、器用に座ったまま仰け反ったヴィー。

『そ、そう? ………ちっ、もっと触れ合いたいのに…』

「母さん、何か言った?」

『えっ? ああ、ヴィー君が健康で良かったって言ったの!』

「ああ、うん。ありがとう…」

 何故か2人の間には、何とも言えない微妙な空気が流れていた。 

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妖精女王の騎士 ヴィー ≪Knight of the Fairy Queen、Vee ≫ 大国 鹿児 @pote18

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