第21話

「役に立たないのに、大金を支払われるんですか?」


なんと物好きな輩か、と思わざるを得ない。


「有用性と好みは一致しませんから。不便だけど、もしくは不便だから好き、ということだって日常生活で、あり得るでしょう。それと同じです」


なんだか納得出来るような出来ないような説明である。そもそも、まだクゼとかいう男に会ったことがない。一千万円の仕事を、電話口で依頼するなんて、いくらなんでもするだろうか?


「先ほどのお話では、いくらか前金で頂くことも出来るんですよね?」


「そうです。お好きな金額を仰ってください」


私は、グッと唾を飲み込んだ。今度は、吹っかける番だ。


「1千万円」


誤解無きように言い添えると、これは単に欲に負けた訳ではない。相手の対応を見極めたかったのである。まともな相手ならば、こんな要求は跳ね除けて当然だ。何かしらの妥協案を示すだろうし、私はそれを期待していた。


クゼは押し黙った。彼の機嫌を損ねたのでは、との疑念を持ったが、違った。電話口から、微かに含み笑いが聞こえる。「いや、失礼。確かに、『お好きな額を』と申し上げましたが、ちょっと想定外でした」


私が要求を取り下げようかと逡巡しゅんじゅんする間も無く、クゼは「結構」と言った。


「貴方のご要望通り、前金で全額お支払いしましょう」


「えっ」私は予想外の展開に、頭がついていかない。


「後日、ご自宅宛に荷物が届きます。詳細はそちらで」


クゼはそれだけ言い残すと、こちらの呼びかけを半ば無視する形で、一方的に電話を切った。リダイヤル機能で、電話をかけてみようとしたが、非通知での着信だったこともあり、こちらから連絡を取るすべがない。


狐につままれる、といった様相で、私は電話の前でしばらく突っ立っていた。

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