第9話

灰流の説明に熱がこもる。「そこから、人は測定器具の力を借りて、観察を行うようになります。器具の進歩は、人間の感覚の拡張に他なりません。我々がよりミクロの世界を覗けるようになればなるほど、世界はまた違った様相を見せてくれるようになりました。つまり、世界の最小単位は、歴史が進むほどに、どんどん小さくなってきました。原子、そして素粒子へ」


私は、黙って彼女の話に耳を傾ける。途中で口をはさむと、彼女の機嫌を損ねかねない。


「私の研究は、物質同士を衝突させて、そこから放出される素粒子を観察することを目標としています。理論的には、素粒子は大きさが0の点と考えるので、これ以上の分割は出来ません。つまり、素粒子が世界を構成する最小単位になります。だからこそ、素粒子が特定の状況で、どのように振る舞うのかを理解することが、とても重要なんです。そこで、あなたの力を借りたい」


灰流がまっすぐ私を見つめる。その目は、真剣そのもので、研究者としての覚悟がにじみ出ていた。


「ミクロの世界で実験をするのは容易ではないから、仮想環境で再現する、ということですね?」


私の答えは灰流を満足させたようであった。


「そうです。世界をよりよく理解するために、私の研究は絶対的に必要なんです。言い換えると、人類のための研究と言っても差しさわりないでしょう」


私には、自信をもってそう言い切る灰流がある種、神々しく見えた。


自分の仕事にこれほどまでに誇りを持っている人間が、世の中にどれほどいるだろうか。私が知る限り、生活のため嫌々働いている人間が大半である。一部、仕事を楽しんでいる人間はいることはいる。


しかし、「人類のため」という目的意識を以て、絶対的な使命感に日々、突き動かされている人間はそう多くないだろう。


私も熱心に仕事に取り組む方だと自負していたが、灰流と比べると、認識を改めざるを得なかった。














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