第3話

会社を辞めるのに、さして抵抗を覚えなかったのは、生活のあてがあったからである。


私は、少し前から、米国のソフトウェア会社からヘッドハンティングを受けていた。当時はまだ転職が一般的ではなかったし、会社にも愛着があったので、ヘッドハンターの話は聞くまでもなく断っていた。


良くも悪くも、会社を半ば追い出されたことで、私の中で気持ちの整理がついた。


幸い、転職の意思を先方に伝えると、「すぐにでも来てほしい」との文言と一緒に、高額の報酬を記載したジョブオファーを貰った。


さすが米国、というべきか。私の年収は一気に跳ね上がった。実力社会である米国は、高い能力には相応の対価を以て報いるという価値観が浸透している。


唯一、気掛かりであったのは、前年に結婚した妻のことであった。余計な心配をかけまい、との思いから、私は会社を辞める詳しい経緯を彼女に話さなかった。


それが第一の失敗。このことは彼女のプライドをいたく傷つけた。


第二の失敗は、米国行きを渋る彼女を、説き伏せて、一緒に渡米したこと。今振り返れば、別に何も一緒に行くことはなかった。彼女には日本での生活があり、一時的に私が単身赴任という形で、渡米しても何も問題がなかった。


おそらく彼女自身、こういった思いを渡米直後から育てていたに違いない。このことは後々、尾を引く。


少し脱線してしまった。何はともあれ、私は三十路を少し過ぎた頃に、渡米し、生活を再建することになった。


そして、やっとここで物語の幕が開く。というのも、私は彼の地で、当代きっての魔術師、灰流烈はいるれつに出会う。

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