第3話 ★推しの告白★


「俺、佐久間さんのことが好きだ。付き合って欲しい」


 それは突然の告白だった。

 私は何故かこの日、推しである池照くんに告白されていた。

 放課後の教室は、窓から差し込む夕日の光でオレンジ色に染まっていて、やけにロマンチックな雰囲気を漂わせていた。

 …けれど、けれども…。私は身に覚えがなさ過ぎて、彼のその言葉に間の抜けた声を漏らすしかなかった。


「え、え、え…。え?…人違いでは…」

「面と向かってどうやって人違いするのさ…」

「………だ、だって、その、身に覚えがなくて…」

「…そりゃ、そこまでたくさん話したことはなかったかも知れないけど…」

「う…うん…」

「当番だったり委員会だったり、教室の掃除だったり、…そう言う他の人があんまりやりたがらない仕事でも、ちゃんとやってる真面目な子なんだなぁって思ったのが最初」

「………」

「小学校の頃からそう言うとこしっかりしてたよね」

「そ…そうかな。…普通のことやってただけだと思うんだけど…」

「あはは。普通のことを普通に出来るって、簡単じゃないと思うからさ」

「……そ、そんなことを池照くんが言ってもあんまり説得力ないかな!?」


 お互いしどろもどろに質疑応答するような変な空気。お世辞にも"いい雰囲気"にはなっていないと思う。


「えっと―…つまり、付き合うのは、ダメってこと?」

 そんな風なやり取りの後、池照くんは悲しそうに表情を曇らせて言った。

「だ、ダメって言うか…。その、池照くんのことはずっと素敵だなって思ってたし、す、好きだけど…」


「え?!」

「え?!」


「す、好きなら付き合ってくれるってこと????」

「…え、いや、それは……」


沈黙。また、変な雰囲気になってしまう。


「…俺のことが好きなのに付き合えないってこと?なんで?」

「…え、いや、えっと、説明するのは難しいんだけど………」


 普段は優しくて穏やかな池照くんの真剣な様子に、私は気圧されてしまう。適当な嘘で誤魔化すことも出来ず、つい素敵とか好きとか言っちゃったせいで、逃げるに逃げられないし…!!


「…え、その…だから……。私は、池照くんのこと…推しとして大好きだし、これからも推していきたいって思ってるんだけど…、池照くんの隣に立つのには相応しくないって言うか…解釈違いっていうか…」

「………………」


 池照くんは、腕組みをして考え込んでいる様子だ。


「…………」

「…………」

「…………」


「いや、おかしいでしょ!?それは!」


 長い長い重たい沈黙。

 その沈黙を破ったのは池照くんだった。我慢できない様子で吠えた!




「え、え、え」

「俺のこと好きなら付き合ってくれたら良いし、嫌いならダメって振ってくれよ?!好きだし、これからも好きでいるけど、付き合えないって、どんな気持ちで諦めたらいいのか、俺もわかんないんだけど!?」

「い、いえ、その、これからも元気に生きて貰って、素敵な女性と出会って素敵な恋をして欲しいと――――」

「いや、だからその俺がキミが良いって言ってるんだけど!?」


 嬉しい…!推しが自分をほめてくれてる!!!それは確かに間違いなく嬉しい!!!視界に入らなくてもいい、認知してくれなくてもいいそういうタイプのファンではあったけれど、それはそれとして目の前の推しに好感を持たれて嫌な訳がない。

 ……でも、そんな嬉しさより先に『でも推しの人生に私が入り込むのノイズじゃない?』って、壁として推しの人生を見まもりたい私が冷静に言う。

 ……そう、壁として推しを見守る私が視線を向ける先に、キラキラした推しの池照くんが居て………その隣にいるのが私…って、…………………ダメだだめだ!なんか変なの映りこんでる!!邪魔過ぎる!!!!放送事故だよ!!!

 私がぶんぶんと首を横に振ると、池照くんもムキになったような様子で唇を尖らせた顔で私を見ている。こ、こんな表情もするんだ…!という気持ちになった。


「佐久間さんが、俺が思ってたよりずっと変わった人だったことはわかった…」


 …ああ、ガッカリされちゃった…。

 これは、要するに、「そんな人だと思わなかった…」ってやつだよね…。

 やっぱり嫌われちゃうのは辛いな…。

 でも、付き合えないのに好き…なんて変なこと言ったんだもん。仕方ないな…。  

 今度からは、今まで以上にバレないように見つめないといけないな…なんて、悲しい気持ちになっていた私に告げられた言葉は、私を嫌いになったという言葉ではなかった。


「……けど、佐久間さんが俺を好きだっていうなら、俺だってまだ振られた訳じゃないんだから、俺は諦めないからな!」


「へ?」

 

「俺の隣に立つ相手が相応しいかどうか決めるのは俺だし、解釈違いも何もないよ。俺の公式は俺だよ!」


「!?……は……。確かに…」


 さすが池照くんである。あまりの正論に私はうっかり納得しそうになってしまった…!

 いや、でもここで押し負けたらだめだ…!


「で、でも…」

「佐久間さんが頑固なのと同じで、俺だって自分の意志を曲げるつもりはないから。…俺のことが好きなら、絶対にOKって言わせてみせるよ」

「え、ええええ…」


 こうして、私と池照くんの奇妙な戦いの火ぶたが切って落とされることとなったのだった……!!!

 ど、どうしてこうなった…!!!!!!!?

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る