第2話 ★壁になりたい私★

 私が小学校の頃から池照くんを推し始め、気が付くともう数年が経っていた。私たちは小学校を卒業し、お互いにそのまま地元の公立の中学校に進学。池照くんはサッカー部に、私は文芸部に入っていた。

 相変わらず池照くんは皆の人気者で、同級生たちからだけでなく、部活でも大活躍で先輩たちからも可愛がられているらしい。

 私は…と言えば、相変わらず"陰キャ"のまま、クラスでも目立たないグループに所属している。…とは言え、数は少ないながら仲良しの友達も出来たので、何だかんだ言いつつ悪くない日常の日々を暮らしている。

 そりゃあ、クラスのカースト上位の子たちからみたら、暗くて寂しい青春に見えるかも知れないけど、私にしてみれば、一緒に推しのトークをして盛り上がれる気の合う仲間がいると言うことは、他の何にも代えがたい…素晴らしい宝物なんだ。


 そんな訳で、中学生になった私、佐久間陽子さくまようこは、今日も今日とて文芸部の部室にて、仲間と共にお互いの推しトークを繰り広げていた。


「…それでね、昨日のアニメ6話のミークくんがサイコーだったんだよね…!!」

 そう握り拳を突き上げながら、鼻息荒く語るのは、私の友達の一人小雪ちゃんだ。

 小雪ちゃんは同級生だけどクラスは違うので、ゆっくりお話が出来るのは放課後の部室でくらいなものだ。小雪ちゃんは、肌が色白で、顔がちっちゃくて、一言で言ってしまえば美少女だ。正直なところ、平凡な私と一緒にいるのが不思議なくらいに可愛い女の子。でも、本人としては、漫画とアニメが大好き過ぎて、クラスメイト達が良く盛り上がっている芸能人やアイドルの話についていけないし、興味もないから、何となくクラスで浮いちゃってるのだと言う。

 私たちはこの部活で知り合って、意気投合して仲良しになった。小雪ちゃんの推しは、今はとあるアニメのキャラに夢中で、毎週のアニメが放映される度に、自分の推しがどんな風に活躍して、どんな風に魅力的だったかを力いっぱい話してくれる。

 私が推しているのは、同級生の池照くんなので、二次元と三次元と言う差はあるのだけれど、お互い手の届かない相手に対して燃え滾る想いを抱いていると言うことには違いがない。私たちは、推しのことが大好きなんだけど、推しと付き合いたいわけではない。ただ推しが健やかに生きていてくれたらそれで満足だし、推しが活躍している姿を見られたら幸せになれる。小雪ちゃんはそれを観測する媒体がテレビや漫画で、私は学校で見られる、ただそれだけの違いだった。


「でもさ、陽子ちゃんの推しは現実に生きてる人じゃん。アイドルとかでもないし、生で見られる存在だし、そう言うのはちょっと羨ましいよね…」


「そ、そうかなー…。確かにそういう意味ではラッキーだったけど…手が届かないって意味だとアニメとか漫画と変わらないしなぁ…」


「でも、漫画とかアニメの推しは、ある日突然死ぬかも知れないけど、現実の推しならストーリー都合で突然死んだりはしないじゃん?芸能人だと突然社会的に死ぬこともあるけど、一般人ならそういうのも基本的には無いと思うし…」


「それは確かにそうだけど…!」


「それで、最近はどうなの?陽子ちゃんの推しのきみ!」


「今度あるサッカーの大会でベンチ入りすることになったんだって!一年生だとそゆの池照くんだけみたいで、クラスの子が凄く盛り上がってた…!」


「へー…相変わらず、漫画のキャラクターみたいな活躍具合…!」


「でしょー…!!!凄いでしょー!!」


 ついつい自分のことみたいに得意げに胸を張ってしまう。そんな私を見ている小雪ちゃんの顔は凄く微笑ましいものをみるみたいな優しい目をしている。もしかしたら、小雪ちゃんの推しトークを聞いている時の私も、あんな顔をしているのかも知れない。

 池照くんの活躍の話を聞くのは、本当に本当に嬉しい。池照くんはただ勉強や運動が出来るだけって訳じゃない。本当の意味で誰にでも優しいし、正義感も責任感も強くて、頼りにもなるんだけど、男の子の友達同士で話してる時は、何だか子供っぽい顔で笑ったりもしてて…、先輩の前だとなんだかちょっと"弟"みたいな顔をすることもあって可愛かったり、でも練習中は凄く真剣でカッコいい顔をしてたり…。

 私は、いつもこっそり彼を見守っているのが趣味だった。あるときは教室の窓から校庭を眺め、ある時は校舎の影から息を顰めて、またある時は黄色い声援をあげて応援するファンの女子たちの群れに紛れ身を隠して…。

 池照くんのファンはたくさんいて、彼にラブレターを出したり、遊びに誘ったりしている子もたくさんいたみたいなんだけど、私としては出来ることなら私の存在を認知されたくなかった。私なんかに好かれてると知ったら、きっと彼は困ってしまうし、優しい彼を悩ませてしまうかも知れない。私は推しの大事な時間を余計なことに使って欲しくはないんだ。私は、ただの同級生で、ただのクラスメイト。必要があればちょっと喋るだけの顔見知り。それでいいんだ。欲を言うなら、本当に物理的な壁になって彼をずっと見つめていられるならそれがいいって気持ちだった。人間の私が彼をじっと見つめていたら、ストーカーだと怯えさせてしまうかも知れないけれど、壁だったら相手を怯えさせずに眺めていることが出来ると思うから。

 でも、さすがに人間が物理的に壁になることが出来ないと言うことはちゃんとわかってる。だから私は今日も、ただただ推しである池照くんの幸せとさらなる発展を祈って、静かに自分の日常を生きていくのだ。

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