幸せをすくう魔法のスプーン

ののあ@各書店で書籍発売中


 北の北の、そのまた北にある雪降り積もる町。

 そこにマイスプーンを持ち歩いているおばあさんがおりました。


 おばあさんが持つスプーンは“魔法のスプーン”。けれど、どんな魔法がかかっているのかは一部の人しか知りません。


 そんなある日、魔法のスプーンがどんな物かを知りたくなった料理上手の青年がおばあさんを訪ねます。


「おばあさん。その魔法のスプーンはどんな魔法がかかってるんだい? タダとは言わない。オレの特製シチューをご馳走するから教えておくれよ」

「あらあら、困ったわね。今日は娘の作ったシチューを食べる日なのだけれど……」


「気にする事はないさ。こう言っちゃなんだけど、おばあさんの娘が作ったシチューより、オレの特製シチューの方が美味しいからね」

「すごい自信だねぇ。でも、私の娘が作ったシチューの方が美味しいよ」


 青年は驚きました。

 おばあさんの娘と自分の料理の腕前は比べるべくもなく、町中の人達に聞けば全員が青年の方が料理上手と認めるはずだからです。


「よかったらあんたも少し食べていくかい?」

「……そうだね、そうさせてもらおうかな」


 納得いかない様子の青年は、ちょっと不満げに答えながらテーブルにつきました。間もなく、台所へ向かったおばあさんが温めたシチューをテーブルに並べます。


 ミルクたっぷりの濃厚なクリームシチューには、人参、玉ねぎ、ベーコン、ジャガイモが楽しそうに泳いでいます。

 匂いも見た目も悪くはありません。けれど、青年にはどうしてもそのシチューが自分のものより美味しいとは思えませんでした。


「さあ、召し上がれ」

「うん、いただきます」


 おばあさんに手渡されたスプーンを使って、青年はすくいあげた一口分のシチューを頬張りました。

 するとどうでしょう。

 口の中いっぱいにコレまで食べた事のない幸せの味が広がったのです。青年は夢中になって、あっという間にシチューをガフガフと食べきりました。


「どうだい? ウチの娘もやるもんだろう」

「……ごめんな、おばあさん。さっき口にしたことは撤回するよ。このシチューはオレのよりもずっと美味しかった」


 でも、なんで?

 そんな疑問が顔に浮かんでいる青年に対して、おばあさんは朗らかに笑いました。


「魔法のスプーンのおかげかもねぇ」


 魔法のスプーン。

 別名:幸せの匙。


 そのスプーンは料理に込められた愛情(幸せ)を、すくい取る不思議な魔法具でしたとさ。

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