エピローグ
第44話 『丘の上で』
1カ月が過ぎた。
魔王都の復興も、思いのほか早く進んだ。
それまで色んな地方に散り散りになっていた鬼族が定住するようになり、また様々な種族の商人たちが、新たなビジネスチャンスを求めて移住してきたりして、街も次第に活気づいてきた。
もともと住んでいた魔族も、特に反乱などは起こすことはなく、むしろ私は魔王都を救った英雄みたいな扱いになっていた。
「あ、スズ様、お疲れ様です! 珍しい茶葉が手に入ったので、飲んでみてください!」
「今日も可愛いですね! あ、とれたてのリンゴが届いたので、是非これを!」
「スズ様、これ、うちの新商品のパンです。どうぞ食べてください!」
そんな調子で、街をちょっと歩くと、どんどん貢ぎ物を渡されて、手がいっぱいになってしまう。いや、あんまりチヤホヤされるのは苦手なんだよなぁ。悪い気はしないけども。
城に戻ると、不死者たちが黙々と壊れた城の修復を行っていた。
こちらの修繕工事も順調で、外側はほとんど元通りになって、あとは大穴があいた廊下のあたりを残すのみだ。
不死者が城の中をウロウロしているのは、最初は違和感があったが、掃除と警備をかねてってことだし、不死者は何もしゃべらないから、今はもう気にならない。普通の日常の風景になっていた。
もともと地下一階に住んでたから、私はそっちでもよかったんだけど、「城の主が地下に住んでるなんておかしいじゃろ!」って、リオナがうるさいから、仕方なく二階に住むことにした。
そもそも、魔王城なんて一人で住むには広すぎる。三階以上はほぼ使っていないし、二階も部屋がありあまっているから、勝手に居候もされ放題だ。別にいいんだけど。
「ふう、疲れた」
両手いっぱいになっていたお土産を、部屋のテーブルの上に置いて、私は小さく息を吐いた。ちょっと気分転換で街を散歩しただけなのに、物乞いしてるみたいになってしまった。
「今度からは夜中に散歩しよ……」
隣の部屋から、「うーん」といううなり声とか、「はあ~」というため息、「なんで~!」という叫び声が絶えず聞こえてくる。
「シエル、何をウンウン言ってるの?」
私が隣の部屋を覗くと、机の上に大量の書類を山積みにして頭を抱えていたシエル(居候1号)が、ギロリとこっちを睨んだ。
「あなたの代わりに経理をやってるから、頭がパンクしそうになってるんですよ! まったく、私が商業科じゃなかったら、どうしていたつもりなんだか……」
「あはは~。まあ、適当でいいよ? お金いっぱいあるんだし」
私が笑うと、彼女はさらに眉間のシワを深くした。
「あのねぇ……国家予算を、そんなどんぶり勘定でやってたら、すぐ破綻して国が滅びてしまいますよ!」
「そっか、じゃあリオナに頼んで、不死者にやってもらおうか?」
「ええっ……不死者に計算とかできるんですか?」
「当たり前じゃ」
いつの間にか私の隣に現れたリオナが(ずっと霧になって隣にいたのは気づいてたけど)、ドヤ顔で頷き、シエルを見て嘲笑った。ちなみに彼女は居候2号とする。
「どこかのダメ聖女よりは、よほど不死者のほうが有能じゃからな」
「なにぃーっ! ダメ聖女ですって!?」
「ああ、勝手に城に居候してるダメ聖女、お主のことじゃ!」
「か、勝手にじゃないですよ! スズはいいって言ったし! ですよね、スズ?」
「えっ? まあ、別にいいんじゃない。部屋いっぱいあるし」
てか、私に話を振るなよ! めんどくさいんだから。
「おい、スズ! お主は甘すぎるのじゃ! こんな危険人物を居候させていたら、いつかとんでもないことになるぞ!」
「ちょっ、おもいっきり特大ブーメラン頭に刺さってますよ! 危険人物だなんて、大聖女に向かって失礼ですねっ!」
「どう見ても危険人物じゃろうが! 大聖女とかって言うのも、どうせ嘘じゃろ!?」
「なにゅっ!? い、いやいや、嘘じゃないし……わ、わわわ、私、大聖女だし」
なんで急にしどろもどろになるんだよ!
この二人はいつもこんな調子だ。よく飽きないなぁ。
私は二人を放置して自分の部屋に戻って、ベッドに倒れ込んだ。
フカフカのベッド。私が外出してるあいだに、不死者か鬼兵士が部屋を掃除して、ベッドメイクまでしてくれたらしい。
「こんなベッドで毎日寝てたら、ダメ人間になっちゃいそう……」
魔王軍が滅んでから、この一カ月、世界は嘘みたいに平和だった。
戦いがない日々というのが、こんなに退屈なものだとは。
魔王軍の十三番隊の先鋒隊として、毎日のように命を賭けて戦っていた日々や、魔王軍を追放された日のこと、要塞都市でゲイルフォンやイブと戦ったこと、魔王をこの手で殺したこと、この城でリオナと戦ったことさえ――今はもう夢だったかのように思える。
その時、私の部屋のドアを、誰かがコンコン、とノックした。
隣の部屋では、まだシエルとリオナがギャーギャーと言い争っている。
「どーぞー」
枕に顔を埋めたまま私が答えると、ゼクスが部屋に入って来た。
「ゼクス!?」
完全に油断していた私はびっくりして、慌てて起き上がった。
彼もまた、魔王城に居候している一人だ。一度はシエルと一緒に王都テスタリアに帰ったけど、すぐに荷物を持ってこの魔王城に引っ越して来たのだ。シエルと一緒に。
人間族の騎士団長が、魔王城に居候なんてしていていいのかよ、とは思ったけど、本人が大丈夫って言うんだから大丈夫なんだろう。
それからは毎日、食事の時に顔を合わせたりはしていたけど、彼が私の部屋に来るのは初めてのことだった。
「どしたの、私の部屋に来るなんて珍しいねぇ」
私は無意識にボサボサになった頭を撫でて、寝ぐせになってないかチェックした。よし、大丈夫――って、何を緊張してるんだ私は!?
「ああ、悪いな、いきなり……だ、大丈夫だったか?」
「別に大丈夫だよ、どうせ暇してたし。何かあった?」
「スズ……あ、あのさ……」
ゼクスもなんだか緊張してるみたいだ。トラブルでも発生したのかな。
「スズがさ、俺がこの世界に来る前から知ってるスズとは別人っていうのは、わかっているんだ。実際、名前が同じ『スズ』で、見た目も似てるけど……でも、やっぱり彼女とは違うなって思う部分もあるし。だから、別人だっていうのは、ちゃんと理解してるんだ」
「う、うん……うん?」
私は首を傾げた。急に、なんの話が始まったんだ?
「でも、スズと一緒に旅をしたり、戦ったり、同じ時間を過ごしているうちに、俺、気づいたんだ。前の世界のスズとか関係なしに、俺は、スズのことが……お前のことが、やっぱり大好きだってことに!」
「えっ……?」
ゼクスの顔を見上げると、彼は真っ赤な顔をしながら、それでもじっと真っすぐに私の目を見つめていた。どうしよう、顔が熱い。きっと、私もゼクスに負けないくらい、顔が赤くなっている気がする。
「なんか、いきなりでごめん……でも、俺の気持ちはちゃんと伝えておきたくて……」
「ゼクス……」
私は、なんて答えていいのかわからず、黙って彼の目をじっと見つめた。彼も私の目を、じっと見つめていた。
「ちょっと待ったーっ!!」
部屋のドアがいきなり開いて、リオナが部屋に飛び込んで来た。
「残念だったのぉ、ゼクスよ。スズへの愛だったら、我だって負けてはおらんのじゃ!」
「ちょ、ええええっ!? あ、愛って……」
そんなハッキリ言うなよおおお!!
恥ずかしいじゃん!
というか、リオナの私への愛って何!?
「リオナ、まだ話は終わってないですよ! って、ゼクス? なぜスズの部屋に?」
と、シエル……ゲッ、もしかしてこれは、修羅場になるのか!? バカップルの修羅場に巻き込まれるとか、めんどくさ過ぎるんだけど!?
「お待ちください!! スズ様への愛なら、拙者も負けていないでござるぞ!!」
廊下から鬼兵士が大声で叫んだ。うるせー!
「おや~、スズ。そんなに赤くなって、可愛い奴じゃ。我の愛がそんなにうれしかったのかのう?」
リオナがベッドの私の隣に座って顔を近づけて来る。
何もうれしくないし、意味不明すぎて怖いんだよ!
「くっつくな、うっとうしい! 私はこういうのは苦手なんだよ!!」
私はリオナを突き飛ばして、部屋の窓から外に飛び出した。
「おいっ、スズ!?」
「あ~っ、逃げた!!」
ゼクスとリオナの声がうしろから聞こえたけど、地上に着地した私は振り返らずに全力ダッシュした。ふう、部屋が二階で良かった。
それにしても――。
我ながら、戦い以外に取り柄がなくて悲しくなる。なんだか平和になったら、ただのポンコツみたいじゃん、私。
普通の女の子としての、普通の幸せな人生かぁ――。
いや、そんなの全然、まったく想像できない。熱いよぉ。想像したら頭が燃えそう!
ああ、戦いがしたいなぁ。戦いだったら、何も考えなくてもいいし。
丘の上までやってきて、やっと私は足を止めた。
そこから見ると、青い空が大きく見えて、火照った頬に爽やかな風が気持ちよかった。遠くに見える魔王都の城壁の先には草原が広がり、そのさらに向こうには魔女の森が広がっている。森の先に見える大きな山は、魔獣が住むと言われる大陸最大の山脈だ。
「旅に出ようかなぁ……」
ぼんやりと、何となく、そんな言葉が口からもれた。
私が知らないだけで、この広い世界のどこかでは、今でも戦いがおこなわれているのかもしれない。
そう考えると、旅に出るというのは、なんだかすごくいいアイデアみたいに思えてきた。
戦いを求める旅かぁ。
のんびりお城でスローライフよりも、よっぽど私には合っている気がする。
私は思わず、クスクスと一人で笑ってしまった。
やっぱり、私って――『戦闘狂』なのかも?
<第一部・完>
魔王軍から追放&婚約破棄された鬼姫、イケメン勇者パーティにスカウトされるが…この大聖女、なんか怪しくない? あいきんぐ👾 @gameandnovel
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