第32話 『覚醒の儀式』
オルルカが小さなビンをかざし、その中身の青白く光る液体をゆっくりと魔剣にかけていく。
すると、まるで線香みたいに魔剣から煙とも湯気ともつかない白い気体が立ちのぼる。
「わかっていると思いますが、一切の魔法の影響を受けないということは、魔法による強化、つまりバフだったり、回復魔法も効かなくなります。それが、この魔剣が異端といわれる理由でもありますが」
「ああ、もちろん。そうだと思った」
私は頷く。
今の私にとっては、それがいいんだよ。
「さあ、終わりました」
ビンの中の液体をすべて魔剣にかけ終わると、オルルカは微笑んだ。
「え、もう?」
何かもっとスゴイ儀式みたいなことが始まるのかと思って見ていた私は、拍子抜けしてしまった。
「全然、何も変わったようには見えないけど……」
そう言いながら魔剣を持ち上げた瞬間――私の全身を冷たい風が吹き抜けたような感覚がした。
「えっ……」
一瞬、目に映る景色が色を失い、白と黒だけの世界になった……ような気が。びっくりしてこめかみをおさえ、目をパチパチさせると、視界はもとの色を取り戻した。
その私の様子を、微笑みながら見ていたオルルカが、テーブルの上に頬杖をついて目を細める。
「変わりましたよ。ちゃんと」
「……そうみたいね」
はっきりと何が、ということはわからないけど、たしかに、何かが『変わった』という感じはする。
「そういえば、これと同じような魔剣が他にも六本あるんだよね? 他はどんな能力があるの?」
「そうですね。私もすべてを知っているわけではないですけど……あなたのお父上が先代魔王を討った時に使っていたのは、七魔剣の赤、『冥府の魔剣』です」
「冥府……なんか、名前からして呪われそうだねぇ」
「冥府の魔剣は、魂を切り裂く剣。この世界にある体ではなく、その存在のデータそのものを切り裂く剣」
「うん? 『でぇた』って?」
私が首を傾げると、彼女は銀のワイングラスを傾け、フフフと笑った。
「魂みたいなものですね」
「……ふーん。そっか」
なんだか、また難しい講義が始まってしまいそうな気がしたから、私は適当に頷いて、椅子から立ち上がった。
私は座学よりも実技の方が得意なのだ。
どこからか『脳筋』って言葉が聞こえてきそうな気がするけど、気にしないことにする。自慢ではないけど、ちゃんと脳味噌はついている。
「じゃ、そろそろ行くね。ありがと、オルルカ」
「ええ、気を付けて」
彼女は私がここに来た時と同じように、椅子に座ったまま、ワインを飲みながら、笑顔で軽く手を振ったが、ふと急に思い出したように、「あ」と言った。
「そうそう、あなたの連れの勇者さんと、大聖女さんですけど」
「ああ、そういえば、ダメだとか何かって言ってたよね?」
すっかり忘れてた。あの霧の中で、彼女が言っていた言葉を思い出して私がそう尋ねると、彼女は頷く。笑顔のままで。
「はい。でも、ダメではありませんでした。彼女たちは、無事に試練を乗り越えましたよ」
「そっか。まあ、あの二人は簡単には死ななさそうだしね~」
その言葉を聞いて、意外にも私は安心していたみたい。ついクスクスと笑いが漏れた。
「じゃ、今度こそ。さよなら、オルルカ」
「ええ、さようなら。うふふ」
なぜか意味深な笑いを漏らす彼女に背を向けて、ナラの巨大樹の外に出ると、あたりはほの暗く、また濃い霧が立ち込めていた。
だけど、不思議なことに、どっちに進むべきか、迷うことがなかった。
というより、ほとんど体が勝手にそっちに向かって歩き出していた。
それは――。
私の中の鬼の本能か。
傍観者の導きによってか。
魔力を求める魔剣が誘ったのか。
あるいはずっと前から、もしかしたら私がこの世界で生まれた時から、決まっていた運命だったのか。
霧の中を歩いていた私は、不意にその霧の中から現れた相手を見て、思わず笑ってしまったんだ。
「あれぇ? 久しぶりだね~。こんな所で会うなんて、奇遇じゃないか」
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます