第31話 試練(SIDE:空)

 自称『試験官』という漆黒のペガサスが、グローブをハメた前足で拍手するようにバシバシと打ちつけて、鼻息を荒くしていた。


 「とういか、試験って何なんですか? そんなの受けるつもりないんですけど」


 シエルがウンザリして尋ねると、ペガサスは血走った眼で彼女を睨んだ。


 「この森に『プレイヤー』が入って来たら、試練を受ける決まりになっているんだよ。ノコノコ入ってきたくせに、そんなことも知らないのか。まあいい。とりあえず小娘、お前はちょっと待ってろ! まずはあの小僧に、さっきの仮を返すのが先だからなぁっ!!」


 「あっ、ちょっと!?」


 一方的にまくしたてて、ペガサスはゼクスに向かって突撃して行った。


 (あんにゃろ~っ! よくも馬の分際で、私をコケにしてくれたわねっ!!)


 シエルはすぐさまペガサスを追撃しようとしたが、その動作は、いきなり目の前に飛び込んで来た赤い騎士によって阻まれた。


 「邪魔よ、下っ端!」


 大剣を構えたシエルの体が赤く光り、すさまじい速度で連続斬りを放つ。

 魔力を込めた斬撃は赤い騎士にクリーンヒットし、魔力が互いに共鳴して大爆発した。


 「ふん、どんなもんよっ!」


 ドヤ顔をして、ゼクスのほうに向かおうとしたシエルだったが、その爆炎の中から小さな黒い影が飛び出してきたのに気付いて、とっさに剣を構えた。


 ガギィン、と敵の大剣とシエルの大剣がぶつかる音。


 (え、この武器って……?)


 その大剣は、まるで鏡に映したように、シエルの持っている大剣と瓜二つだった。


 (はぁ、なるほど……このパターンねっ!)


 小さい頃からアニメやゲームに慣れ親しんだ彼女は、一瞬で現状を理解した。試練といえば、自分自身の分身との戦いは王道パターンだ。事実、彼女が鍔迫り合いをしている相手は、彼女自身とまったく同じ姿をしていた。


 「面白い! やってやろうじゃないの! やっぱり、ヒロインに試練はつきものだものねっ!!」


 シエルの体がひときわ激しく赤い光を放ち、さっきよりもさらに高速化した連続斬りを放つ。

 だが、もう一人のシエルも同じように赤い光を放ちながら、まったく同じ速度で攻撃を受け止める。


 二人のシエルは、まったくの互角だった。


 (やるわね。さすが私……! だけど、私自身の弱点だったら、私自身が一番わかっているのよっ!)


 シエルは敵の大剣を弾いたタイミングで、敵のうしろを指差し、叫んだ。


 「ああーっ!! ファンタジックワールドのユウキ君がッ! 歩いているッ!!」


 ファンタジックワールドというのは、埼玉をメインに活躍するV系バンドであり、『ユウキ君』というのはそのバンドのボーカルであり、シエルの推しメンだった。


 偽物のシエルは、ハッとしたようにうしろを振り返り、キョロキョロとあたりを見回した。


 「なぁーんちゃって♪ 嘘でしたぁ! スキあり~っ!!」


 シエルは剣を振り、偽物シエルの首を切断した。


 (おええ~っ! 自分の首を斬るのってなんか変な気分!!)


 幸いというべきか、偽物シエルの首の切断面から血がブシャーッというホラー展開にはならず、そいつの姿は煙のようになって一瞬で消滅した。


 ふう、と一息ついて、シエルが改めてゼクスのほうに目を向けると、ゼクスとペガサスが、互いの拳で殴り合い、まるで香港映画のような超高速の攻防を繰り広げていた。


 「やるではないか、小僧。だが、これで終わりだッ! 必殺、ペガサスメテオラッシュ!!」


 ペガサスの本来二本しかないはずの前足が、一瞬、数十本にも増えたように見えた。超高速の突きのラッシュによって残像が無数に発生したのだ。


 その刹那、ゼクスの黒く染まった体が、完全影のようになった。


 全身に無数のラッシュを喰らいながら、ゼクスは強烈なストレートでクロスカウンターを決めて、ペガサスは回転しながら吹き飛んで木に激突した。


 (プッ、あっさり返り討ちにされてやんの! 噛ませ犬ならぬ、噛ませ馬だったわね~)


 シエルが心の中で爆笑していると、ペガサスがギロリ、と彼女を睨んだ。


 『聞こえているぞ!!』


 (げっ、そういえば心が読めるんだったっけ! というか、なんでだよ!? プライバシーの侵害でしょ!!)


 「やれやれ、自己主張が激しい小娘だぜ……。残念ながら、二人とも合格だけどな」


 ペガサスは悔しそうに言って、自分の前足に目を向けた。


 さっきゼクスに激しいラッシュをぶちかましたはずのその前足は、回転する歯車に巻き込まれたかのように骨までぐしゃぐしゃになっていた。


 「おい、小娘! お前の彼氏のせいで俺の腕がぐちゃぐちゃになっちまった! 回復魔法をかけろ!」


 (いや、なんでだよ……自業自得だろ、どう考えても……てか、彼氏って……照れますねぇ、でゅふふふ)


 おでこにピクピクと青筋を震わせながらも、一応は大聖女という設定は継続中のシエルは、ペガサスに回復魔法をかけてあげた。


 (というか、こんな馬はどうでもいいんですよっ!)


 前足が元通りになった馬を放置して、彼女はゼクスに駆け寄る。

 彼の肌は、今はもう元の人間らしい健康的な肌色に戻っていた。


 「ゼクス、大丈夫ですか?」

 「ああ、ごめん。無我夢中だったからあんまり記憶がないんだけど……シエルこそ、大丈夫だったか?」

 「はい、ゼクスのおかげで、無事でした。ありがとうございます」

 「そっか……よかった」


 シエルが微笑むと、ゼクスも安心したように笑みを浮かべた。


 (よかった、いつも通りのゼクスね)


 「でも、本当に怖かったです。私、今日で死んじゃうのかと思っちゃった……」

 「シエル……怖い思いをさせてごめんな」


 シエルは涙目になってゼクスの胸に飛び込み、ここぞとばかりにクンクンとゼクスの匂いを味わった。


 (ふぅ~、生き返るぅ~)


 「いや、どっちかっていうと、シエルちゃんが一番、頑丈だったよな」

 「うむ、不死身かと思ったでござる」

 「大聖女ってより、タンクって感じ――ぐへっ!」


 ヒソヒソ話していた鬼兵士の脳天に、石が飛んで来て直撃する。

 そして、ゼクスの胸に抱かれて頭を撫でられながら、シエルがジト目で睨んでいるのに気付いた鬼兵士たちは、一瞬で沈黙したのだった。


 「二人とも、合格おめでとうございます」


 急に、聞き覚えのない女の声がして、ゼクスとシエルは同時に顔を上げて振り返る。


 そこには、一人の女が立っていた。

 赤いショートカットの髪の、二十代半ばくらいの女。臙脂色のジャケットに、紫のロングスカートという、森の中には不釣り合いな服装。


 シエルはその女を見た瞬間、奇妙な力を感じた。魔力とは違う、何ともいえない、正体不明の力。


 だから、無意識のうちに、シエルはその女に尋ねていた。


 「あなたが、傍観者さん……?」

 「はい」


 赤い髪の女は笑顔で頷いた。


 「私はオルルカといいます。よろしくお願いしますね。『勇者』さん、それに、『大聖女』さん」

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