第27話 『傍観者』
「私はオルルカ。よろしくお願いしますね」
赤い髪の女はそう挨拶して、ニコニコと微笑んだ。
私は丸テーブルをはさんで向かい側に座った。
「まずは何から話しましょうか?」
「とりあえず、あんたが何者なのか教えてよ。あんたが噂の、伝説の魔女なの? 一応、私の命の恩人なんだよね?」
私がそう矢継ぎ早に尋ねると、オルルカは目を細めて頷いた。
「そうですね、あなたがこの森に瀕死の状態で迷い込んで来たあの日、私は確かに、あなたを助けました。それと、私のことを魔女と呼ぶ人もいるのかもしれませんが、私は残念ながら、魔女ではありません。何者なのか、と問われるといつも困るのですが、一言でいえば『
「ものすごくわかりにくいね、それ。傍観って、何を傍観してるのかな?」
「世界を」
笑みを崩さず、オルルカは傍らの棚から銀色のワイングラスを取り出し、ヤカンから何かを注いで、どうぞ、と私の前に置いた。
透明の液体は水みたいだったけど、気持ち悪いから手をつけないことにする。
「ずいぶん、ざっくりした答えね」
「今はそれで十分です。重要なのは、私は基本的に『何もしない』ということ」
「何もしない? でも、助けてくれたんだよね?」
なんか矛盾したこと言ってるような。
「はい。この森の中に入ってきた者に対しては、条件に応じてイベントを発生させます。あの時は、あなたのお父上との約束を果たすために、あなたの治療をしました」
「私の父だって?」
思わず耳を疑った。だって、私自身でさえ、両親の顔はおろか、名前すらも知らないんだから。
オルルカはその私の反応を楽しむようにじっくりと観察し、自分のグラスの中の液体を一息に喉に流し込んでから、口を開いた。ワインの甘い香りがあたりに漂った。
「そうです。もったいぶらずに結論からいいますが……スズ、あなたのお父上は、二十年前、先代の魔王を討った伝説の勇者なのです」
「えっ……」
私は、さすがに言葉を失う。
でも彼女は、頬は少し赤いけど、表情は大真面目だった。
「ついでに言えば、あなたの母親は鬼族で最強と言われていた『鬼の王女』です。その二人のあいだに生まれた、半鬼半人の子……それが、あなたなのです」
「えええっ……」
そんな衝撃的な事実を『ついで』で言われても。
「あなたの母上は、あなたを産んですぐに、戦いで命を落としました。そして父上は、あなたを辺境の孤児院に預け、魔王城に最後の決戦に向かう道すがら、私のもとを訪れました。私が交わした、彼との約束は、スズ――もしあなたが、魔王と戦うことになった時には、力を貸すこと。それと――」
彼女は、私が腰に差した、真っ黒な魔剣を指差した。
「その魔剣をあなたに託すこと」
「魔剣を……私の父親が……?」
「あなたが勇者の娘である以上、いつか、魔王と戦う運命にあるのではないかと。お父上は案じていたのでしょうね。そして、それは現実となった」
話を聞いていて、私の頭はどんどん混乱してきた。
「でも、私の父親は、魔王を倒したんでしょ?」
「はい、彼は魔王を倒し、それによって元の世界に帰って行ったのです。そうなることがわかっていたからこそ、彼は私にあなたのことを、そして魔剣を、託していったのでしょう」
「えっ! 待って……元の世界って?」
それってまさか、ゼクスが前に言っていた世界のこと?
「この世界ではない、もう一つの世界です。あなたのお父上は、神により選ばれ、その異世界からこの世界に転生してきた勇者だったということです」
「そんな……」
私の父親が、異世界からの転生者だったって? 衝撃の事実すぎて、頭が麻痺しそう。
「今の魔王は、倒された魔王とは別なんだよね?」
「はい。今の魔王は、先代の魔王の息子です。だから、あなたが勇者の娘であっても勇者ではないように、今の魔王もまた魔王の息子ではあって、魔王そのものではありません。ただ、魔王を名乗っている以上は、魔王であるともいえます」
「へ、へえ……」
結局、どっちなんだよ。名乗ったもん勝ちってことか?
「でも、ゼクスは。あいつは、私の父親と同じように、神に選ばれて異世界から来た勇者ってことなのか?」
勇者とか魔王がいっぱいで、なんか、ものすごくややこしい。
「そうですね。その説明は必要でしょう。この世界で生まれ育ったあなたには、理解がなかなか難しいかもしれませんが……『勇者』や『魔王』というのは、ただこの世界の人々にも理解しやすいように、そう呼んでいるに過ぎません。いわば、ただの記号のようなものです」
「記号? どういう意味?」
「つまり、ものすごくわかりやすく言えば……勇者も、魔王も、大聖女も……そういった区別は実際には存在せず、『異世界から転生してきた存在』である以上、全員が同じ立場だということです」
「勇者と魔王が、同じ……?」
「そう。それはただ、それぞれの立場によって呼び名が変わるというだけのこと。彼らは、元はまったく同じ能力を持っている。つまり、彼らのことを、神の世界では、勇者でも魔王でもなく、こう呼んでいるのです。『プレイヤー』と」
「プレイヤー……?」
なんか、またよくわからない言葉が出てきたぞ……。
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