第26話 裏切り者(SIDE:魔王軍)
魔王軍は度重なる戦いにより、まともな戦力は第三部隊のみとなり、真昼にもかかわらず、魔王城の中は全体としてシーンとした静寂に包まれていた。
まるで廃墟のように――。
玉座に座った魔王と、ゲイルフォンが向かい合っている。魔王の前には、他には誰もいなかった。そう、部屋には、二人きりだった。
ゲイルフォンはじっと黙って青白い顔に脂汗をにじませながら、床にひざまずいている。それを、魔王はニタニタと笑いながら、愉快そうに眺める。
魔王の目には、狂気の色が浮かんでいた。
「ゲイルフォンよ」
すっかり静寂によって凝り固まっていた魔王の間の空気は、久しぶりに発せられた魔王の声によって打ち破られた。
「ハッ……」
「貴様は、私を愚王だと思うか?」
「……」
ゲイルフォンは、死体のような顔色になっていた。
「聞こえなかったのか? ゲイルフォン」
「い、いえ……決して、そのようなことは……」
「そのようなこと、とは?」
「はっ……ですので、ま、魔王様は、そのような方では……」
「愚王ではないと?」
「はい、もちろんです……」
「そうか」
魔王はニタニタとした笑いを浮かべたまま、ゆっくりと何度も頷いた。
「ところで、パンドラがいないのが気になるか? ゲイルフォン」
「……いえ……」
ゲイルフォンの額から、ボタボタと大粒の汗がしたたり、床を濡らしていた。
「どうしたのだ? そんなに汗をかいて……体調が悪いのか?」
「……いえ……」
「パンドラは、私を裏切った」
魔王の言葉に、思わず一瞬、顔を上げたゲイルフォンは、恐ろしい魔王の笑みを見た瞬間、サッとまたうつむいた。体が、小刻みに震えていた。
「裏切り者がどうなるか、貴様にも見せてやろう。ついてこい」
魔王が勢いよく立ち上がったので、ゲイルフォンはビクリト全身を痙攣させた。
そのわきをスタスタと魔王が歩いていく。
ゲイルフォンは、足の震えを必死で抑えながら、魔王のあとに続いた。
◆
地下ダンジョンへ続く階段は、パンドラによって封印されていたが、その封印された階段の入口の周辺は、南京錠と鎖によって完全に封鎖されていた。
魔王とゲイルフォンは、並んでその鎖をくぐり、地下への入口に向かった。
そして、その地下階段が封印された扉の前に、パンドラはいた。
「はぁ……はぁ……げ……ゲイル……フォン」
その、女王陛下の変わり果てた姿を見て、ゲイルフォンは恐怖とおぞましさからこみあげて来る吐き気を必死で抑えた。
魔力を吸収するミスリルの手枷をはめられ、両手を天井から吊るされたパンドラは、全身が真っ赤だった。元々は黒かったドレスはズタズタに引き裂かれ、べったりと体にはりついている。
そのうえで全身をムチで殴られたであろう彼女は、あらゆる場所から出血し、顔面は本来の大きさの三倍くらいに膨れ上がっていた。
もはや、美しい夢魔族の姫の面影は、みじんもなかった。
「はぁ……はぁ……た……スケ……」
「ゲイルフォン」
パンドラの前で立ち尽くしているゲイルフォンに向かって、魔王が邪悪な笑みを浮かべながら声をかけた。
振り返ったゲイルフォンに、魔王は部屋に置かれていた槍を差し出した。
「刺せ。殺さない程度に」
「なっ……そ、そんなことは……」
「ほう、お前も同じようになりたいのか?」
「……」
ゲイルフォンは、諦めたように目をつむり、震える手で槍を受け取った。
「げ……い……ぐえぇぇぇぇっ!!」
ゲイルフォンがパンドラの脇腹に槍を突き刺すと、パンドラは目を見開き、その眼からボロボロと涙が溢れてきた。
「やめてええええええっ!!」
「もっとだ! もっと刺せ! ゲイルフォン!!」
「ぎゃあああああっ! 痛いいいいいいっ!!」
ゲイルフォンは、もはや無表情で、ただひたすらに手だけを動かし、パンドラを槍で突き続ける。
「や、やめろおおっ!! おまえええっ! ゲイルフォン、裏切るのかああっ!」
パンドラがのたうち回り、既にほとんど残っていない血液がびちゃびちゃと床に滴り落ちた。
その様子を見て、魔王は満足げに笑う。
「パンドラよ、私をコケにして報いだ。腹いせに不死者の封印を解くか? まあ、そんなことをすれば、まず最初に不死者の餌食になるのは貴様自身だがな」
◆
魔王とゲイルフォンが去ったあと、残されたパンドラは、虚空を見つめ、ぶつぶつと呪いの言葉をひたすらに唱えていた。
「死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね滅びろ滅びろ滅びろ滅びろ滅びろ滅びろ滅びろ殺す殺す殺す殺す殺す殺す殺す殺す殺す呪ってやる呪ってやる呪ってやる呪ってやる呪ってやる呪ってやる呪ってやる……」
やがて、その呪いが成就したのか――。
それとも、彼女の意思で封印を解いたのか。
地下に通じる扉が、音を立てて弾け飛んだ。
「「「グオオオオオオオオ!!」」」
一瞬にして数十体の不死者があふれ出し、パンドラの体をバラバラに引きちぎり、むさぼり喰らう。
もはや悲鳴を上げることもなく、パンドラは悪霊のような笑みを浮かべていたが、その引きつった笑顔もやがて不死者によって食いちぎられた。
しばらくして、地下からゆっくりと、他の不死者とは明らかに異質な気配を漂わせた女が一人、姿を現した。紫色の長髪に、真紅の瞳、そしてまるで生きた人間のように真っ白で美しい肌をした女。
彼女は口元に薄笑いを浮かべながら、不死者の群れの中を堂々と歩いていく。
「やれやれ、長い昼寝じゃったな。さて、300年ぶりのこの世界……面白い奴はおるかのう?」
そんな、独り言を呟きながら――。
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