第22話 不死者(SIDE:魔王軍)

 魔王城の地下へと続く階段に近づくと、腐った肉が焦げるような、吐き気をもよおす異臭が漂ってきて、魔王は顔をしかめた。


「なんだ、この匂いは……」

「ハッ、魔王様!」


 地下からのぼって来た魔王軍第二部隊の隊長が敬礼して答えた。


「地下から押し寄せる不死者の群れの侵入を防ぐため、魔力を込めた鉄格子を地下1階の通路に設置しました。その鉄格子に触れた不死者が、焼けこげる匂いでございます」

「なるほど……しかし、ひどい匂いだ……」


 やがて地下1階の石造りの回廊に降りた魔王は、そこに広がった光景に絶句した。


 地上から降りた先は突き当りになっていて、洞窟のような回廊が左右に伸びているのだが、左右の回廊はどちらも魔力の込められた太い鉄格子でふさがれている。


 その左右いずれの鉄格子にも、無数の不死者が群がり、魔法の炎に焼かれながらも鉄格子を掴み、不気味な呻き声を発しながら、こちら側に手を伸ばしてうごめいている。


 尋常な数ではなかった。

 天井までいっぱいにギュウギュウに詰まって、それもあとからあとから、さらに押し寄せて来ている気配がする。


 炎を上げる鉄格子を前に、数人の兵士たちが槍をもって不死者を押し返しているが、不死者は槍で刺したところで、死ぬこともなければ、痛みすら感じないため、まったくの無意味――。


「貴様ら、何をしておる! これでは瘴気が地下に満ちるのも時間の問題ではないか!」


 魔王が怒鳴り、剣を抜いて鉄格子の前に立った。


「下がっていろ。私が押し戻す」

「ま、魔王様……危険です!」

「黙れ! このまま瘴気が溜まり続ければ、こんなものでは済まなくなるのだ! おい、こちら側の鉄格子を開けろ!」


 魔王が顔を真っ赤にして怒鳴り、鉄格子を管理していた魔導士に命じた。が、魔導士は真っ青な顔で震えながら、首を振った。


「し……しかし……そんなことをしたら……」

「私の命令が聞けないというのかっ!!」


 魔王が青白く光る眼でギロリと睨むと、さすがに魔導士は逆らうことはできず、「では……」と、不安げな様子で鉄格子を開いた。


 刹那――。


「「「グオオオオオオオオ!!」」」


 不死者の群れが、一斉に魔王に向かって襲い掛かる。


「滅せよ!!」


 魔王が一喝し、剣を振るうと、金色の光が地下の回廊を照らし、一瞬で目の前の数百体の不死者を焼き払った。


「ぎゃあああああっ!」


 突然、背後で魔導士が断末魔の悲鳴を上げた。

 魔王がハッとして振り返ると、その首筋に、赤ん坊の形をした不死者が食らいつき、おびただしい血が吹き出している。


「貴様ら、何をしているっ! 魔導士を守らんか!」

「うわああああっ!」


 魔王が怒鳴ったのと、兵士たちが悲鳴を上げたのは、ほぼ同時だった。

 魔導士が死んだことで、もう一つの鉄格子も開かれて、大量の不死者が兵士たちに襲い掛かり、一瞬でバラバラに食いちぎっていく。


「クソッ!」


 魔王は再び金色の剣を放ち、不死者の群れを薙ぎ払った。


 が、次の瞬間。


 背後から近づいて来た不死者の一体が、魔王の左腕に噛みつき、恐ろしい力で腕の肉を食いちぎった。


「ぐわああっ! おのれっ、不死者ごときがっ!」


 腕に食らいついた不死者を斬り捨てた魔王の右腕を、今度は逆方向から来た不死者が掴んだ。

 既に地下にいた魔王軍の兵士は全滅し、魔王一人と大量の不死者のみが残されていた。


「舐めるなあああっ!!」


 魔王はめちゃくちゃに剣を振り回し、次々と押し寄せる不死者を焼き払う。

 だが不死者は絶えることなく無限に湧き出し、次第に魔王は追い詰められていった。


「ダメだ……と、止めきれないっ……」


 左腕から血を滴らせながら、魔王は地上へと続く階段を駆け上がった。

 そのすぐ背後から、無数の不死者がひしめきあいながら、魔王を捕食しようと手を伸ばす。


「「「グオオオオオオオオ!!」」」


「だ、誰かっ! 誰か来い! 誰かっ!!」

「ま、魔王様!?」


 青ざめた顔で地上に這い出た魔王の血まみれの姿に、地上で待機していた兵士たちが慌てふためく。


「どきなさい!」


 その兵士たちを押しのけ、魔王の妃、パンドラが不死者の前に跳び出した。


「パンドラ様っ!」


 パンドラは不死者の群れに手をかざし、紫色の炎を放った。

 そして、すぐさま地下へと続く階段の扉を閉じ、魔法によって封印した。


 瞬間、その場にはシーンとした、異様なほどの静寂が訪れた。

 ゼエゼエという、魔王の荒い息遣いだけが、不気味なほど大きく聞こえる。


 パンドラは冷たい眼で魔王を見下ろし、フン、と鼻を鳴らした。


「愚かな王……あれほど、忠告したではありませんか。事態を悪化させたばかりか、無様に逃げ惑うなんて……あなたのような愚王は、不死者に喰らわれたほうが、魔王都のためだったのかもしれませんわね」

「な……なにっ!?」


 魔王が鋭い眼でパンドラを睨むが、パンドラはまったく動じることなく、スタスタとその場を歩み去った。


「ま、待て……パンドラっ!」


 追いかけようとした魔王だったが、先ほどの恐怖から足の震えがおさまらず、よろよろと再び膝をついた。


「ま、魔王様!」


 兵士の一人が魔王に駆け寄ると、魔王は剣でその兵士を斬り捨てた。


「ぎゃあああああっ!」

「ま、魔王様っ、何を!?」


 取り囲んだ兵士たちが混乱し、騒然とする中、魔王はただ、じっとパンドラが去った廊下の先を睨んでいた。


「おのれ……パンドラ、私をコケにしおって……!」




 ◆



 

「ふふふ……愚王は不死者に噛まれて腕を負傷しましたわ」


 パンドラが、ベッドで横になっているゲイルフォンに囁いた。


「不死者……?」


 青ざめるゲイルフォンの頬を撫で、パンドラが微笑んだ。


「地下ダンジョンに瘴気が満ちたことで湧き出してきたのです。それもこれも、あの愚王の力不足が招いたこと。ゲイルフォン、今こそ革命の時ですわ。愚王を討って、私とあなたで、新しい最強の魔王軍を作りましょう」


 そう言って、パンドラはゲイルフォンのベッドにもぐりこみ、包帯に包まれた彼の体を抱いた。


「パンドラ……さま……」

「大丈夫。世界を支配するのは、私たちですわ」


 妖艶に笑ったパンドラは、ゲイルフォンのすっかり青く冷たくなった唇に接吻した。

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