第16話 スラム街(SIDE:勇者)

「まったく、スズのやつ、相変わらず滅茶苦茶だなぁ」


 ゼクスは苦笑しつつ、林を出て城門に向かって駆け出した。


 すでにスズや鬼兵士たちは城門の中に入り、外を警備していた魔族も全滅したため、あたりは異様なほどひっそりと静かになっていた。


「まるで嵐だな」


 鎧ごと粉砕されてズタズタになった魔族たちの死骸を横目に、彼は城門をくぐった。


 要塞都市プルートは、元は巨大な軍事要塞だったが、商人が住み始めたことで一般市民も住み始め、次第に巨大都市として整備されていったという歴史がある。


 かつて人間の砦だった頃は、さまざまな商店が立ち並び、そこかしこに活気が溢れていた。しかし、魔王軍に支配されてからは一転、殺伐とした巨大な要塞になり果てていた。


「パン屋に、洋服屋、薬屋に、酒場か……」


 かつては華やかな店だっただろうそれらの建物は、今は看板だけを残し、ボロボロの廃墟のようになっている。


「まるでスラム街だな」


 その荒廃した通りのあちこちには、死にたてホヤホヤの魔族の死体があちこちに転がって、息苦しくなるくらいの血の匂いが漂っていた。


 どうやらこの階層の敵は全滅して、スズたち一行は上の階に進んだらしい。


 と、奥にある階段を目指して走っていたゼクスの目に、一瞬、青白い光が飛び込んできた。


「なんだろう?」


 気になって光のほうに近づくと、それは壁に設置された、巨大な魔力エレベーターの室内から洩れる光だった。


「エレベーターか。これでスズたちに追いつけるな」


 彼はエレベーターに乗り込み、操作パネルを観察した。元々は東京に住んでいた彼は、文字は読めなくても、なんとなくエレベーターの操作方法は直感でわかる。


「よくわからないし、最上階っぽいボタンを押してみるか」


 ぽちっとやると、やがてエレベーターのドアがおもむろに閉まって、ゆっくりと上昇しはじめた。そして結構な時間ののち、チン、という音とともにドアが開いた。


「ここは……」


 ドアの外に出たゼクスは、すぐにそこがどこなのか理解した。


 要塞都市の屋上だ。


 さっきまで息苦しい閉鎖空間にいた彼は、眩しそうに青空を見上げ、大きく伸びをした。


「こんな空を見ていると、敵の砦にいるなんて、夢みたいに思えて来るな」


 広々とした屋上の広場には、兵士が休憩するためらしい簡易なテントがいくつかある程度で、ほぼ何も空間が広がっていた。きっとさっき外にいたレッドアーマーたちの詰め所なのだろう。奴らが全滅した今、屋上には誰もいないようだった。


「もう一つ、下の階だったか」


 そう呟いて、再びエレベーターに乗り込もうとした時。


 ゼクスは、遠くの空から一つの影が、猛スピードでこちらに接近してくるのに気付いた。


「……なんだ?」


 最初、米粒くらいの大きさに見えたその影は、一瞬で砦の上空まで飛んで来ると、ゆっくりと屋上に着地した。


 それは、一見すると人間のような外見だった。

 青い髪を頭のうしろでまとめ、真紅のドレスをまとった少女。だが。


 翼なしでの飛行――それは、非常に強い魔力の持ち主であることを意味する。仮にそいつが人間だとしたら、伝説の大魔導士レベルの能力ということになる。


 つまり――。


「魔族か」


 ゼクスがそう判断したのは、しごく合理的な判断だった。


 そして、それは正解だった。

 魔族の女――イブは、ゆっくりと振り返り、灰色の瞳をゼクスに向けた。


 刹那、彼女は雷に撃たれたようにビクンと背筋を伸ばし、目を見開いた。


「ち……超イケメン!?」


 北からの湿った風が、向かい合った二人の髪をなびかせた。


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