第13話 誤算(SIDE:魔王軍)
「魔王様、無事に世界統一が成し遂げられた暁には、視察もかねて諸国を巡りつつ、ゆっくり旅行もしたいですわね……」
玉座に座った魔王にしなだれかかるようにして、妃のパンドラが妖艶な笑みを浮かべる。
「そうだな……それもいいかもしれぬ」
魔王は正面を向いたまま、無表情で答えた。左手に持ったワイングラスの中で、真っ赤な液体が波打った。
そこに、参謀の魔族が扉を開けて入ってきた。
「ま、魔王様……し、失礼いたします……」
異様なほどに緊張しきったその様子に、魔王とパンドラが眉をひそめる。
「なんだ?」
「は、はい……先ほど、魔力通信で報告が入りまして……その、大変、申し上げにくいのですが……」
参謀はガクガクと震え、顔は脂汗でびしょびしょになっていた。
「げ……ゲイルフォン将軍の率いる部隊が、テスタリア攻略に、し……失敗した、と」
ガシャン、と魔王の手の中でワイングラスが粉々になり、赤い液体がびちゃびちゃと床にしたたった。
それを見た参謀は完全に顔色を失い、その場で硬直した。
「そうか。やはり、奴は将軍の器ではなかったようだな……」
「……。そ、それと……なのですが……」
参謀の蚊の鳴くような声に、魔王は眉を吊り上げた。
「まだ何かあるのか?」
「ひぃっ……も、申し訳ございません……もう一つ、報告がありまして……先日、魔王軍を追放した半鬼半人のスズが、生きていると」
魔王はカイゼル髭をプルプルと震わせ、ギロリと青白く光る眼で参謀を睨んだ。すると、参謀の全身から突然、炎が噴き出した。
「ぎゃあああああっ!」
彼は断末魔を上げ、一瞬で灰になってしまった。
それを見て、さすがのパンドラも目を見開き、青ざめた額に汗が浮かんでいた。
「ま、魔王様……?」
だが、魔王は彼女の呼びかけには答えず、怒りの表情を浮かべたまま正面を睨んでいた。
「失礼します」
その時、また部屋の扉を開けて、別の人物が入ってきた。
青い髪を頭のうしろでまとめ、真紅のドレスを着た女――イブだった。
「遅くなりまして申し訳ございません、魔王様。お呼びでしたでしょうか?」
そう言ったイブがチラリと魔王の横に立つ姉を見て、本当にほんの一瞬だが、嘲るような笑みを浮かべると、パンドラはそれに気づいて目を丸くし、魔王の横顔をチラリと横目で盗み見た。
魔王は目を閉じ、大きく息を吐き出していた。
沈黙ののち、ようやく魔王は目を開いた。その表情からは先ほどの憤怒の色は消え、いつもの冷徹な無表情であった。
「イブよ。ゲイルフォンはしくじったようだな」
「え……?」
イブは、まったく予想外の言葉に、目を大きく見開いた。
「ま、まさか……そんな……」
「おそらく、人間どもはこの機に乗じ、砦を取り返しにくるだろう。イブ、貴様はゲイルフォンと合流し、砦を守るのだ」
「砦を……」
イブは青ざめ、何かを言おうと口をパクパクさせたが、言葉は出てこなかった。
「もし失敗し、万が一、人間どもに砦を奪還されるようなことがあれば……貴様ら二人には死をもって償ってもらうことになる」
「死……!?」
イブの顔面が一瞬にして汗だくになり、全身がブルブルと震え出した。
彼女は助けを求めるように姉――パンドラに目を向けた。
「ひっ……」
パンドラは灰色の目を見開き、ニタニタと残忍な笑みを浮かべていた。
「うぅっ……はぁ……はぁ……」
イブは荒い息をつき、何もない床につまずきながら、魔王の間を出た。
ヨロヨロと廊下を歩きながら、彼女の目からは大粒の涙がボロボロとこぼれ落ちた。
「な、なんで……ありえない……パンドラ……あいつ……絶対に許さない、あのクソ女……私の男を奪ったくせに……なんで……私だけこんな目に……こんなはずじゃなかったのに……うぅ……クソっ……クソぉぉっ!!」
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます