第22話 蘆木輪花

 蘆木輪花は気弱で大人しい。その印象は決して間違いではないのだが、その一方で彼女は自分の欲望に忠実で、それを満たすためなら犯罪行為おも厭わぬような、自分本位かつ面の厚い、悪しき側面を有している。


 一年前、当時の最推しだったホストを月間一位へと押し上げるために、銀行員の立場にありながら横領に手を染めて費用を捻出した。その件について輪花はきっと、愛のための行為だったのだから許されると真顔でそう断言するだろう。


 結局その重さが災いしてホストにこっ酷く捨てられてしまい、後に残ったのは業務上横領を犯したという事実だけだったが、このことから彼女の人生に思わぬ転機が訪れる。輪花の犯行が明るみになりかけた頃、銀行の超大口顧客の一声で横領分が補填され、事件そのものが無かったこととして処理された。その顧客はデスゲーム運営に携わる裏社会の大物であり、デスゲーム興行で得た収益のマネーロンダリングする人材を欲していた。前任者が病気で急死し、そこで白羽の矢が立ったのが横領に手を染めた輪花の存在だったのだ。犯行発覚までかなりの時間を有した輪花の手口は秀逸で、資金洗浄の知識もある彼女はまさに適任。横領という弱みを握り、もみ消しという交換条件を出せる状況も大きかった。こうして輪花はデスゲーム興行の資金洗浄役として、裏社会の沼にドップリと浸かっていくことになる。


 能力面に関しては、輪花を登用した采配は見事だった。手始めに前任者の残した仕事をあっさりと片づけると、これまでよりも作業を効率化し、新たなマネーロンダリングのルートも開拓。デスゲーム運営と契約する資金洗浄役としての存在感を発揮していく。弱みを握りながらも、意外なことにデスゲーム運営は仕事の度に正当な報酬を与えてくれた。いつかは破滅を迎えると承知の上で、輪花も二年程は従順に資金洗浄役を務めてきたのだが、その立場が彼女を増長させていく。資金洗浄役を務めていくうちに、当然ながら組織内の資金事情にも詳しくなってくる。その膨大な資金力に目が眩み、少しぐらい持ち出してもバレないのではないかと、心の中の金の亡者が囁いてくる。高飛びして一生遊んで暮らせるぐらいの額は余裕で入手出来る。今になって思えば、横領のスリルに酔っている節もあったのだろう。デスゲームを運営しているような組織の予算に手をつけようなどと狂気の沙汰だが、それを易々と踏み越えていく無鉄砲さが輪花には備わっていた。味を占めたと言い換えることも出来る。


 しかし、現実はそう甘くはない。何故なら輪花は実行前にはすでに組織に目をつけられていたのだから。能力が優秀だから引き入れたが、人間性はまるで信用していなかったのだろう。計画に向けた下準備を始めた矢先に、呆気なく自宅に押し入って来た運営側の人間に拉致されてしまった。流石の輪花もその時ばかりは死を覚悟したが、直ぐには殺されずに今回のデスゲームへと強制参加させられるに至った。どうせ殺すなら、デスゲームの参加者として最後まで有効利用しようと考えたのだろう。


 感情豊かで小心者。それでいて大胆不敵。そんな輪花が参加することは、一般人代表という形でゲームを盛り上げてくれるとドラコは期待したのかもしれない。


 だが、ドラコの玩具箱に参加していく中で輪花も成長した。一緒に脱出したいと思える相手が出来た。実はまだ運営にはばれていない、横領した資金の一部が秘密口座に貯め込んである。無事に脱出出来たらそのお金であの人と。脱出さえ出来れば人生は薔薇色なのだ。だからこのゲームを絶対にクリアしなくてはならない。

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