第10話 風呂

「お待たせ」


そう言って部屋から出ると部屋の外で待っていた小春が


「あれ、着替えなかったんですか?」


と聞いてくる。


「ああ。着替えてから行くと着くまでに汗が滲みるから持っていくだけだよ」


外での戦闘。思った以上に体力を使った。かなり汗をかいたし、今でも身体がポカポカしていて少し動くだけで汗をかきそうな状態。だから、風呂入るまで着替えたくなかった。


「私も着替え持ってきちゃいますね」


そう言って部屋に入ろうとする小春を


「ちょっと待ってくれ。そういえば、鍵はどう閉めるんだ?」


と言って引き留める。


「あ、そういえば聞いてなかったです」


大事なことだが、情報量が多くて聞き忘れたか。小春に任せすぎたかな。


「どうしようか?」

「大事な物、部屋に置きっぱですから持って行った方がいいですかね?」


俺も剣と魔石がある。剣も腰袋も共に貰い物だし、特に剣は千夏が残したものだ。盗まれるわけにはいかない。


「大切なものを部屋に残していきたいから、どちらかが部屋に残って、入れ替わりで風呂に入りに行かないか? どちらにせよ入る風呂は別なんだし」

「で、でも先輩、道わからないですよね?」


小春は必死にその案を止めようとする。


「最初は着いていくよ。着いたらすぐ、部屋に戻る。そうすれば荷物を見張ることができるだろ」


これが一番ベストな案だ。


「うー。わかりました。もう、それでいいですよ」


何か考え込んでいたが、他の良い案でもあったのかな。


「そうと決まれば、案内よろしく」

「はい。着いてきてください」


と俺の前を歩いて行く。風呂までは思ったより近くすぐに着いた。風呂の入り口は他の西洋のものとは違う和風のものだった。


「ここが、風呂場です」


日本以外の温泉が全く想像できなかったので、目の前に見える温泉が日本と同様であることに何処かホッとする。勿論、男湯と女湯はわかれていた。


「ここか。よし、覚えた」

「本当に先輩は後で入るんですか?」

「それが一番安心だから。じゃあ、俺のこと気にせず、ゆっくり浸かってこいよ」


そう言って俺は風呂を後にした。

部屋に戻った俺は椅子に座り今後のことを考え込む。


レベル上げのこと。冒険者のこと。


明日からは自由時間があると言っていた。なので、明日はその時間に魔石を武器屋のおじさんに渡して、その後、冒険者ギルドへ行く。そこで情報を集めたらすぐにレベル上げをする。


知りたい情報としては、千夏のこと、レベルのこと、モンスターのこと。他にももっと色々ある。どれだけの時間でその情報を集められるかわからない。明日はかなり時間を大事にしなければならない。


まあ、取り敢えずレベルのことは知りたいな。


一日かけてもレベルが上がらなかったことからわかるように、この世界のレベルは相当上がりづらい。そして、レベルはどれだけ狩れば上がるのか想像ができない。一ヶ月に一しか上がらないとなるとかなり無理をしなければならなくなる。千夏を探すにもレベルが低ければ先に俺が死ぬ。だからこそ、レベルがどれくらいで上がり、どれほどステイタスに影響するか知る必要がある。


レベルのことを考えていると「俺も勇者なら」そう考えてしまう。勇者のスキルである経験値増幅。そしてステイタス上昇。これがあれば今みたいに悩むことはなかった。スキルがわからない以上、俺はスキルなしの一般人。


そんなことを長い時間考えていると、自分自身がかなり弱いことに気づき、


「はぁ」


とため息を吐く。千夏までが遠い。情報は殆どないし、当分の間は時間がない。力もない。


「早く。強くならなきゃいけないな」


俺は机に掛けていた剣を握る。鞘に入ったままの剣を持ち上げて、何もないスペースで剣を軽く縦に振る。そして、剣を眺めながら、


「千夏」


俺はそう呟いた。


「せ、先輩。戻りましたよ」


と突然背後から小春の声がする。剣に気が入っていて小春が帰ってきていたことに全く気づかなかった。


今のを聞かれたかもしれない。聞かれていたらかなり恥ずかしい。


小春は顔は少し赤く熱っていて薄手の服、俺が着ようとしていた布の服だけを着たラフな格好。


「早かったな」

「そうですかね?」

「俺が思っていたよりは早かった」

「そうですか」


かなり単調な返しをする小春。


「まあ、いいや。じゃあ、留守番頼む」


俺は剣をその場に置き、机に置いていた服を持って部屋から出た。聞かれていたと思うと小春の前にはいられなかった。


先程通った道を進み、風呂につく。脱衣所も俺の想像通り。そして、誰もいない。俺は服を全て脱いでタオルだけ持って風呂に入った。入った瞬間、全身を水が覆い汚れを洗い流す。


俺は一度前に出て、先程水が出てきた場所を観察する。そこには青と黄の光る魔石が組み込まれた噴水機のようなものがある。


「魔法か」


水が全身を覆い汚れを洗い流すように調整された魔法。どのように作られているかわからないが凄い。


「まさか、はじめての魔法が風呂のシャワーらしき物で使うことになるなんて」


全身を洗い流した俺は浴槽に向かう。浴槽の見た目も想像通りだったが、予想よりも広かった。浴槽に足を入れて湯加減を確認する。多分、38℃くらい。俺はそのまま入り、肩まで浸かる。この風呂も魔法によるものなのだろうか?


「何にせよ、この世界でも風呂に入れてよかった」


今日1日の疲れが一気に飛んでいくような気がする。そこからは何も考えずただ無心で温まった。

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