第9話 部屋

俺の視界にブラウスを脱ぎ、シャツのみの緩い姿で鞄の中に手を突っ込んでいる小春の姿が写る。


小春と目が合い俺が言葉を発する前に小春が


「先輩」


と呟く。

そんな小春に一言、


「ただいま」


と返すと、駆け足で俺の胸に飛び込んできて


「よかった。帰ってきてくれた」


と顔を埋め涙声でそう言った。俺は小春の頭を優しく撫でると小春は俺の顔を見上げる。


「もう帰ってこないかもしれないと思いました」

「小春を残して1人で何処か行くわけないだろ」


そう言うと小春は俺の服をギュッと握る。


「それでも不安だったんです」

「悪かったな」


小春は小さく首を振る。そしてもう一度胸に顔をうずめた後、今度は勢いよく顔を上げた。その瞳には涙が溜まっている。少しの間、小春に胸を貸し満足して離れた後、そのまま部屋の奥まで入る。


机や椅子などが見えるので、生活をする部屋であることがわかる。この部屋はリビングみたいだ。小春がいると言うことはここが小春の住む部屋になったのだろうと判断する。


「えっと、俺はこれからどうすればいいんですか?」


後ろにいたメイドにそう聞いてみる。


「そこは貴方の部屋です。次の指示があるまで、その部屋で過ごしていて下さい」


そう言われてここが俺の部屋だと理解する。小春がいるのは、確実に俺が来るであろうこの部屋で俺の帰りを待っていたということか。


メイドは俺に伝えることを全て伝え終えると、他の自分の仕事をこなすために何処へ行った。メイドがいなくなったので、


「小春。俺がいない間、どんなことがあった?」


と小春から俺がいなかった時間の話を聞く。


「えっと、ですね……」


と話し始めようとするのを止める。何故止められたか分からない小春は若干困惑している。


「話し始めようとしてるのに遮ってごめんだけど、椅子もあるんだから座って話そうぜ」


と俺は近くにあった椅子に、小春は机を挟んで俺と向かい側の椅子に腰を下ろした。


「それで、何があったんだ?」

「えっと、先輩が出ていった後、すぐに魔族についての話がされました」

「魔族?」


よく出てくる魔法に適性がある種族か?

この世界には人以外の種族もいるのか?


「魔族は魔法を使う人に似た存在で、長きにわたって人間と争い続けてきた種族らしいです」


正解らしい。


「想像していた通りだな」


魔法の使える種族。人間の殆どが、魔法に適性がないのかな。


「そんな魔族に対抗する為に、勇者である私たちは呼ばれた。そして、この世界に召喚された勇者の殆どが魔族に対抗できる魔力を持っているそうです」


魔力がかなり低い俺はやはり勇者ではないのか。ただのスキル持ち。肝心のスキルは???で分からないけど。


「そっか。魔法使いか」


小春は魔法使いになるのか。俺も魔法使いの訓練とかさせられる可能性もある。魔法、魔力Eでも使えるのか気になるところだ。


「魔族って具体的にはどんな奴らなんだ?」

「魔法が人間よりも優れた人間と同じような見た目の種族らしいです。違いがあるとすれば角や尻尾、羽が生えていることらしいです」

「そっか」


完全人型か。尻尾とかが生えているなら人間と間違えることはないかもしれない。


「魔族の話はわかった。他には何の話があった?」

「他にはあれですね。これからの予定。この部屋で当分は過ごすらしいです。それと、明日からは朝から剣や魔法の練習があって、それが終わったら自由でいいらしいですよ」


訓練か。強くなる為に丁度いいな。後は後半の自由時間。


「自由か」


俺たちのことを考えての自由かそれとも、他に理由があるのか。どちらにせよここでやりたいことはやっておきたいな。


「なので、明日。一緒に、街をまわりませんか?」


変に考え込んでいたが深く考えていない小春を見ると、俺は考えすぎているなと感じる。


「ごめん。自由時間があるのなら、明日からこの世界について調べたい。だから、明日は一人で街をまわってくれ」


今やるべきことは、レベル上げと情報収集。魔石を売って装備を買う。他にもやりたいことは沢山ある。


「そうですか」


と小春は肩を落とす。


「まあ、この世界についてわかったら一緒にいるつもりだから我慢してくれ。それに今日のご飯は一緒に食べるからそう落ち込むな」


国王や騎士に何をされるかわからない今は城でいる間、レベル上げなどが何もできない時間はできるだけ小春の近くにいたい。


「はい」


小春は多分、心細いんだろうな。だから、少しでも誰かといたいと思っている。小春がそうならば千夏はもっと心細かった筈だ。もしかしたら、今も。だから、俺は早く。


「一緒に食べてくれるのはいいんですけど、先輩。いつ、何処でご飯食べるか知っているんですか?」


そう言われるとそうだ。ご飯の話は何も聞いていない。というかこの城のこと、この城での生活の話は何も知らない。


「えっと、わからない」

「そうですよね。えー、確か、ご飯は1時間後くらいですよ。遅いですよね」

「そうだな。お腹すいたし早くご飯が食べたい」

「私もお腹空きましたよ」


と小春はお腹を押さえる。


「そういえば、さっき、外出てわかったけど、この世界は元の世界と時間の流れが違うみたいだ。多分、時差みたいなものだと思う。この世界だと1時間後くらいが丁度、七時頃なんだよ」


俺達が飛ばされたのは放課後の5時とか。でもさっき外出た時、外は明るく昼だった。少なくとも5時間はズレがある。


「え。じゃあ、私は今、時差ぼけしてるってことですか!?」

「そういうこと」

「そうですか」


お腹を押さえながら不満そうにする小春。お腹が空いて少し気分がよくないのだろう。そんな小春の機嫌を取る為に


「そんな感じで夜はまだまだ先だからな。夕食まで何しようか?」

「1時間もありますからね」


さっきまで動いていたのでかなり汗をかいた。だから、早く風呂に入って汗を流したい。風呂があればだが、1時間もあれば、ゆっくり風呂に入れる。


「俺は風呂に入りたいんだが、何処にあるか知ってる?」

「お風呂。いいですね。場所も教えてもらっているので、一緒に行きましょう!」


風呂はちゃんとあるんだ。街を一周した感じ電気が通っているようには見えなかったのでどんな風呂か気になるな。


「着替えの服って何処にあるかわかる?」


流石に風呂入って綺麗になったあとに汚い今の服を着るのには抵抗がある。


「そこのタンスの中に先輩のは揃っているって言ってましたよ」


と小春は二つのうち手前のタンスを指す。


「ありがとう。じゃあ、ちょっと準備をするから、この部屋の外で待っててくれ」


俺は小春にそう告げて、小春を部屋の外に出す。部屋を軽く見て回る。部屋は大きく分けて二つ。このリビングみたいな部屋と寝室。寝室には何故かベッドが二個あったが、どうしてかわからない。


俺は剣を机の足に立てかけておき、腰袋を机の上に置いておく。ブレザーを椅子にかける。


それ以外は特に邪魔になるものはないため、タンスの扉を開ける。そこにはいくつかの服が入っていた。長めのコートやスーツとは少し違う紳士服など派手か高そうな服が多くてどれも着る気にはなれない。どうにか着れるものはないかと探しているとシンプルな布の服を見つける。


「これにしよ」


とそれを取り出して、ついでに下着も出す。それらを持って俺は部屋から出た。

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