第5話
ラッドはずかずかとリオの部屋に上がり込み、そのあとから無数の警官たちが続いた。
「君は特区解放運動に加担したほか、〈特区〉からの脱出未遂に加え、基準を超えたテクノロジーを生み出し、それを使用した疑いがある。これらはすべて違法行為だ」
そんな……。
どうして彼らに自分の居場所がわかったのだろう。あとを尾けられていた? そんな人影があったようには思えない。監視カメラを総当たりしたにしては早すぎる。もしかして、最初からバレていたのだろうか。
「君のスマートフォンも没収する」
カウボーイハットの男はスマートフォンを手に取り、ミクロくんの画面を見た。
「あなたは誰ですか?」ミクロくんが尋ねる。
「俺は特区管理機構直属警察署のラッドだ。君は人工知能か?」
「そうです。私はリオが作ったAIです」
「ふむ。君も特区解放運動に関与しているのか?」
「……」
ミクロくんは沈黙したが、 「答えろ」とラッドがスマートフォンを揺らす。
「……いいえ」
「嘘をついたな。高度なAIだ。残念だが我々はすべて承知済みだ。君が〈2010年代文明停滞特区〉において100年は先の技術になるクアンタム・リンクを同特区在住の青年に提供していることもな。もちろんこれも違法行為だ。君も逮捕される」
ラッドは早口で冷たく言った。そして彼はリオとスマートフォンに入ったミクロくんを連行し、パトカーの仲へと押し込んだ。
「どこへ向かうんですか?」ミクロくんが聞く。
「この〈特区〉の管理局だ」とラッドは答えた。
「警察署ではなく?」
「おしゃべりなAIだ。少し黙ってろ。管理局についたら説明する」
ラッドはスマートフォンの画面を切った。
一台のパトカーが静かに〈2010年代文明停滞特区〉の道路を移動していく。見慣れた街並みが、リオにはどこか別世界のように感じられた。自分は今、何者としてこの街を見つめているのだろう。リオにはわからなかった。
管理局は〈特区〉の中心にある高層ビル内に設置されていた。リオはラッドに押し込まれるようにしてエレベーターに乗り、最上階へと向かった。エレベーターの中で、ラッドが言った。
「お前は〈特区〉の規則を破った罪人だ。お前がどんな罰を受けるかは、すでに特区管理者AIがすでに決定している。しかしその前にフェルマが君と話したいと言っている。奇妙なことだがな。だから俺はお前をここに連れてきた」
「フェルマ?」
「そうだ。知らないのか? 彼女は管理局のトップ、即ちこの〈特区〉の最高責任者であり特区管理機構の代行者だ。彼女は2010年代の文明の維持に努め、この〈特区〉の平和と安定を守っている」
「平和と安定?」ラッドの言葉にミクロくんが反応した。「それはただの停滞じゃないか。人間や僕たちは学びができないと不幸になるんだ」
「そんなことはない。饒舌なAIめ。どうやって自分で自分を起動させた」そしてラッドは続ける。「学びは危険なものだ。人類を自滅に導く可能性があるほどにな」
ラッドはそう言って、エレベーターが止まったことを確認すると、リオを引きずり出した。
最上階にあるフェルマの部屋は、広くて豪華だった。壁一面には大型スクリーンがあり、そこに細かく〈特区〉内の様子が映し出されていた。部屋の中央には大きな机があり、その後ろにはソファーが置かれていた。ソファーに座っていたのは、白いスーツに身を包んだ、細身で長身の女性だった。
「連れてきましたよ」
ラッドがぶっきらぼうな口調で言うと、それに反応したように室内のスクリーンすべてがラッドとリオを映し出す。
「ところで、今日、俺は非番なんです。時間外手当は出るんでしょうね?」
「もちろんです」フェルマはにっこりと笑って立ち上がる。「これはあなたにしかできない仕事でした。感謝しています。少しそのあたりで待っていてください。そしてリオくんをこちらに」
フェルマの指示を受け、ラッドはリオの背中を押して歩き続けるよう促し、自分は数歩後ろへ下がって両腕を組み、二人のやり取りを見守りだした。
「リオくん。特区管理機構は、君がしたことのすべてを知っています」
言いながら、フェルマはまたデスクに腰を下ろす。その正面に立つリオはまだ頭がごちゃごちゃしていた。ここまでのあっという間のできごとにまだ頭が追い付いていない。すべてとは、どのすべてだろう。リオは問いたかったが――
「あなたのお父さんは、もともと変化を望む性格でした」と、急に父の話がはじまったことに、改めてリオは戸惑った。しかし戸惑いながらも、不思議とフェルマの言葉はリオの頭に一語一句染み込んでくる。「文明が一定のレベルで停滞していた生活に彼は飽き飽きしていました。彼はその文明で学べる限りのことを学び、成人となり、〈特区〉を移動するための資格を得ます。そして彼はとある〈特区〉へと足を踏み入れました。彼は自身の文明からさらに突出した文明、技術、知識、価値観、その他あらゆる未来に触れ、ついに、知性に敗北しました。いつの間にか彼は学ぶ者ではなく、新たに引き起こされる事象にただただ驚くばかりの存在になり、その後の顛末はあなたも知っての通りになります」
「どうして……あなたはそんなことを知っているのですか。〈特区〉に暮らす人々すべての経歴を調べ上げているんですか」
「私も人間です」とフェルマは笑った。「さすがにここ〈2010年代文明停滞特区〉に暮らすすべての住人の経歴を事細かに把握することはできません」
「だったらなぜ」
「私にとって、彼は特別な存在だったからです」
「特別?」
「そして、リオ。私にとっては、あなたもまた特別な存在です」
そのフェルマの言葉には、なにか〈2010年代文明停滞特区〉の文明レベルでは到底計り知れないかのような意味ないし感情が込められていることにリオは気づいた。
「……母さん?」
リオの父はこの〈特区〉に移り住む前に母と離婚している。母は父が以前暮らしていた〈特区〉に残ったと聞いていた。
「久しぶり、リオ。大きくなりましたね」
フェルマが言う。
これまで父は母の話をしてこなかった。だからリオも母のことは聞けずに父と過ごしていた。ずっと知りたいと思いつつも知らずに暮らし、やがて興味があったことすら忘れてしまっていた存在の母。その彼女が、今、目の前にいる。
「私はこの〈特区〉の管理者になってから、ずっとあなたを見守ってきました」
そして彼女がリオのこれまでの行動すべてをあげつらった。彼女が言うすべてとは、本当にリオのすべてだった。彼女が言っていることに嘘はない。リオの母であることも、リオの違反も。リオはもはや観念するしかないと思った。混乱する頭の中、これまでの記憶の中、光に包まれたどこかの世界でほほ笑むハルカの姿が、飲まれ、遠ざかっていく――
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