失踪少年

秋色

第1話  始まりはマーク・トウェイン

 その夏の終わり、僕は、電車に乗るたび、あの日途中下車した少年の姿を探していた。



 ☆


「マーク・トウェインという作家は、ハレー彗星が地球に近付いた年に生まれ、ハレー彗星が次に訪れる年に自分は生涯を終えるだろう」と予言し、その通りになったと言う。

 大学のアメリカ文学の講義で、教授が話したこぼれ話。

 そんな、不思議な運命に導かれるような人生に憧れた。


 それでゼミ論にもマーク・トウェインの「ハックルベリー・フィン」を選んだりしていたら友人が教えてくれた、ある歌とドラマ。


 歌は「ムーンリバー」という歌で、映画の主題歌でもあり、有名だ。自分も聞いた事があった。その中の最後の方に「ムーンリバー、ハックルベリー・フィンのような僕の友達」という歌詞がある。歌詞の意味は正直、よく分からなかった。ただムーンリバーと歌い手は、運命共同体みたいだ。


 ドラマの方は、ユーチューブの動画で見られる昔の短いアメリカのドラマ。昔々に人気のあったオムニバス形式ドラマの一つらしい。

「このドラマのセリフにハックルベリー・フィンって出てくるから見てみな」



 それは奇妙なドラマだった。仕事帰りの中年の男が吹雪の舞う中を走る列車内で居眠りをしていた。ところが駅名を告げるアナウンスで目を覚ますと窓の向こうは夏景色で、釣り竿を持った少年や散歩する老夫婦が見える。何十年か前の時代のような風景。そういう事が何回か続いて、一度その町に降りてみようと思うが勇気が出ない。でも、職場でも家庭でも罵倒される主人公が人生に疲れ、ついにその駅で降りる決心をする……。

 ハックルベリー・フィンについては、登場人物の一人がその町について、まるで「ハックルベリー・フィンのいるような町」と主人公の話を嘲笑うシーンがある。ちょっと印象的なセリフだ。




 卒業して数年経った僕には、自分の今後の人生に希望なんて持てなかったから、このドラマの事をよく思い出していた。主人公が途中下車した町に、少し憧れてもいた。ちょい、タチの悪いオチはともかく、こういう風に自分の属すべき、愛すべき世界を見つけられたらいいなと思っていた。


 社会に少しもまれただけで、この社会に自分は馴染めてないと感じていた。


 それでも就職したセコい会社に居続ける事になるのだろうかと鬱々たる思いでいた。


 付き合っている女性がいた。名前は美織さん。元々は高校の同級生のお姉さん。初めて会った時、なんて大人っぽくて淑やかで素敵な人なんだろうと思った。一目ボレだった。向こうも好意を持ってくれて、さらに、僕の実家の近くに彼女の職場があったため、自然と付き合うようになった。

 僕には勿体ないような人だといつも感謝していた。大学の友人からは、高校時代から年上の社会人のカノジョがいたなんて、とひかれたけど。


 でも付き合いが長くなり、普段の飾り気ない姿を隠さない彼女に何だか、その当時はもう恋と呼べない所まで来たような、寂しさを少し感じていた。そして実家に隣接する市で就職し、一人暮らしを始めた僕と実家住まいの美織さんとは、半遠距離恋愛となっていた。


 それでも美織さんは、何かあるごとに実家の父母や弟、妹の事を気にかけてくれ、このままなら彼女と結婚するのは自然な流れだった。でも時々考える。これで、いいのだろうか、と。いつものルーティンで生活して、いつものルーティンで人生をおくって。周りはもっと有意義に毎日を過ごしている、そんな風に僕の目には映っていた。

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