夜明けの窓辺

うり北 うりこ

第1話

「ほら、朝だよ。起きて」


 夜明けと共に窓辺から声がする。雨の日も風の日も。古い木の枠で囲まれた窓から毎日飽きもせず。


 それは、小学校の頃から続いている。


 最初は怖くて仕方がなかった。恐る恐る覗いたこともあったし、先に起きてこっそり窓を見ていたこともあった。

 

 だけど、誰もいなかった。


 早起きして待ち伏せていた日は「あら、早起きさんね」といつもと違う言葉だった。でも、僕からの言葉に対しての返事をもらえたことはない。


 声がするだけで実害がない日々を重ねるうちに、目覚ましもいらないし便利だな、くらいの感覚になった。慣れたのだ。


 今日もいつもと同じように窓辺からの声で起き、学校へ行き、眠る。毎日、毎日、この繰り返し。



 そして、僕は大人になって一人暮らしを始めた。実家の窓に比べて綺麗なアパートの窓辺にその声はついてきた。

 やっぱりな……と思った。その声のために窓辺で花を育てたら、少し嬉しそうだったのは僕の気のせいだろうか。



 毎日、毎日、その声に起こしてもらって会社へ行く。



 僕は恋人ができ、結婚することになった。

このアパートで迎える最後の朝。僕は夜明け前に目が覚めた。折角なので、久々に声の主を待つ。

 「早起きさんね」と言われるのだろうか。それとも、別の言葉だろうか。一度くらいは姿を見せてくれないだろうか。なんて考えていれば、夜明けが来た。


 窓の外を覗いたが、やはり誰もいない。けれど、声はした。


「優太、ずっとずっと愛しているわ。幸せになってね」


 その声に僕はアパートを飛び出した。サンダルを足につっかけて鍵もかけずに。

 早く、早く行かないと……、焦りで足がもつれながらも急いでいつもの窓の外側へ。


 そこには誰もいなかった。


 アパートの周りを走り、茂みのなかを探し、車の下をのぞき込み……。会えないと心のどこかで分かっていたのに、諦めきれなかった。


 そうしている間にランドセルを背負った子どもたちが登校を始めた。



 とぼとぼと、荷物がほとんどなくなった部屋へと帰る。そこには押し花のしおりが落ちていた。


 それはお小遣いで母の日にプレゼントした花で、母さんと作ったものだ。


 カーネーションは高くて買えなくて。変わりにカスミソウを買って、泣きながら渡した思い出の花。


「確か、花言葉は……」


 教えてもらった花言葉。それは『幸福』と『感謝』。


 もういないであろう窓辺へと向かう。言いたい言葉はたくさんある。なのに、僕ののどからは嗚咽が漏れるばかりだった。






 

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夜明けの窓辺 うり北 うりこ @u-Riko

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