寒い冬の日に

きみとぼく。

「寒（さむ）っ」

　午前二時（ごぜんにじ）。

　BUMP OF CHICKENの「天体観測（てんたいかんそく）」なら踏切（ふみきり）に望遠鏡（ぼうえんきょう）を担（かつ）いで行（い）くところだけど、あいにく、今日（きょう）は雨（あめ）が降（ふ）っている。

　毛布（もうふ）をかぶっていても、寒（さむ）い。

「半袖（はんそで）じゃあ、もう、寒（さむ）いか」

　シルクの、半袖短（はんそでたん）パン。あいつが、買（か）ってくれた、奴（やつ）。

「ん？眠（ねむ）れないって？これ、俺（おれ）とおそろい。

　ほらっ」

　投（な）げつけるように、差（さ）し出（だ）してきたパジャマ。

　おそらく、諭吉（ゆきち）二枚（にまい）じゃ足（た）らないぐらい。

「俺様（おれさま）を悦（よろこ）ばせるための肉体（にくたい）なんだ。冷（ひ）やしたら、承知（しょうち）しないぞ」

　そう言って、ちらりと袖口（そでぐち）からのぞく、趣味（しゅみ）の悪（わる）いロレックス。

　クオーツ式（しき）だからコツッコツッと音（おと）がする。

「ん？あげないよ」

　手首（てくび）を耳元（みみもと）に寄（よ）せる。

「クオーツは嫌（きら）いだ」

「なんで」

「機械式（きかいしき）ならずーっといられる、永遠（えいえん）に時間（じかん）が続（つづ）いて行（い）く気（き）がする」

　そんな会話（かいわ）をしたのは、四ヶ月前（よんかげつまえ）。クリスマスまで、あと二十日（にじゅうにち）。

「会（あ）いたいな」　

　電話（でんわ）をかける。

　ツーコールで連絡（れんらく）がきた。

「もしもし」

「俺（おれ）だ。どうした。なんだ、肉体（にくたい）が恋（こい）しいのか」

「うん」

　身体（からだ）だけの関係（かんけい）なのに。

「温（あたた）めて欲（ほ）しい、心（こころ）から」

　通話（つうわ）が途切（とぎ）れる。ツーツーツー。

　切（き）れた後（あと）に気（き）がつく。

「大丈夫（だいじょうぶ）かな、仕事（しごと）」

　暮（く）れどき、ホストは稼（かせ）ぐために全力（ぜんりょく）を注（そそ）ぐ。

　迷惑（めいわく）、だっただろうか。

「おーい、開（あ）けてくれー」

　窓（まど）の下（した）から声（こえ）がする。近所迷惑（きんじょめいわく）だろ、あいつ。バルコニーから身体（からだ）を乗（の）り出（だ）す。

「今開（いまあ）けるから待（ま）ってて」

　オートロックの認証（にんしょう）キーをあけるために、エントランスに行（い）くと。

　カシミアのコートに、小（ちい）さな雪（ゆき）、偽物（にせもの）の雪（ゆき）が舞（ま）っていた。　

「ははは。誘（さそ）ってんのか、その格好（かっこう）」

　長（なが）い手足（てあし）に、長（なが）いコート、長（なが）いマフラー。

「アクアスキュータムじゃんそれ！」

「よくできました」

　ぽんっと頭（あたま）を撫（な）でられる。

「ありがとう」

「ん」

　部屋（へや）へ。

「しけてんな、この部屋（へや）」

「ごめん、シャンパン用意（ようい）できなくて」

「シャンパンなんてなくても、泡（あわ）吹（ふ）かせることはできるだろ？」

「やめてよ」

「温（あたた）めて、と言（い）ってきたのはそっちだろ」

　手首（てくび）をつかまれ、引（ひ）き寄（よ）せられる。

　胸板（むないた）、また、厚（あつ）くなってる。

「僕（ぼく）のこと、抱（だ）きしめて」

「それは、心（こころ）ごと？それとも」

「か、下半身（かはんしん）も含（ふく）めてッ！言（い）わせんなよッ！」

　メリークリスマス。

　ここから先（さき）は、俺（おれ）と、あいつだけの秘密（ひみつ）の時間（じかん）。