第2話 一度書いたものがミスで消えたり、没にしたり書き直しをすると、本来書こうと思っていたのとは別の創作世界がうまれている。我々創作者はミスや没の数だけマルチヴァースをうみだしている。

「この世界ヴァースのイサキ……」


 遼2リョウツーくんはギリリと歯軋りして、私と同じ顔の女を見た。

 この目で見てもなお信じられないが、そういうことか。この世界は私のいる世界とは別の世界であり、この世界のがいる。


「あなたが噂の遼くんね。斑模様の夢見少女アリス・イン・ザ・アスからは逃れられないのに、どうしてまだ抗おうとするのかしら」

「……ッ! 既に接触されていたか!」

「ええ。青傘の天使ブルーゴブリンの名を授かりましたわ」


 遼2リョウツーくんが腰に手をやる様子を見て、青い傘をさした女ブルーゴブリンはそれをスッと手で制した。


「やめなさい。私もこんなところで一戦交える気はないわ。平和的に行きましょう。さ、とりあえずお店の中へ」

 青傘の天使ブルーゴブリンはそう言って、デ〇ーズの中に入った。

 私と遼2リョウツーくんは顔を見合わせた。清廉さを誇る修道女シスターの私としては、他の世界とは言え、このような店に入るのは憚れる。けれど、そうも言っていられない。彼女とはしっかり話をしておかなくてはいけないのだと、私の心の中で何かが囁いていた。


 私たちは意を決して、店の中に入る。店の中は思ったよりも綺麗で、私の世界だったら飲食スペースがあるところで大勢の客が、私から見たら淫らな行いをしている。


 青傘の天使ブルーゴブリンは店の中で私たちを待っていたようで、私たちが店に入ったのを見ると、手招きをして席に案内した。

 席につくと、店員がメニューを運んできた。


「見ての通り、この店はファミリー向けのメニューの豊富なお店でね」


 青傘の天使ブルーゴブリンは店員の持ってきたメニューを開き、私たちの前に見せた。メニューには男女問わず、私から見ても、色々な見目麗しい顔の写真が並んでいる。


「見ての通りと言われましても……」


 私は正直な感想をこぼした。そういう常識が私の中にはないので、ファミリー向けってのも意味がわからない。


「私には想像できないけど、あなたたちの世界ではこういうことをしても許されるのよね?」

 青傘の天使ブルーゴブリンは手元に持っていた鞄の中から、すっと何かを取り出した。

 彼女の手には、銀色のアルミホイルの塊がある。彼女はそのアルミホイルの一端をもって、さらに中のものを取り出した。

 それはおにぎりだった。丸く握られて、海苔の巻かれたおにぎり。


 隣の席で濃厚なキスをしていた一人がピタリと行為をやめる。そして近くを通る店員に声をかけた。店員は慌てた様子でこちらの席に来て、青傘の天使ブルーゴブリンに向けて言った。


「お客様。他のお客様のご迷惑になりますので、そちらはしまっていただけますと幸いです」

「そう。仕方ないわね」


 青傘の天使ブルーゴブリンは、おにぎりを口元に運び、一口食べた。


「お客様、申し訳ありませんが」


 青傘の天使ブルーゴブリンは店員の言葉を遮るように、おにぎりを持つのとは反対の方の手で、指をパチンと鳴らした。


 その瞬間、店の中が騒めいた。気付くと、私のいた世界で礼拝堂に入ってきたみたいに、店の中にあの裸の陰毛炎炎メラメラ集団がどんどんと店の中に入ってきている。陰毛炎炎メラメラ集団は手に持った銃を客や店員に向けた。客の一人がペニスをしまうのも忘れ、店外に逃げようとしたのを見て、陰毛炎炎メラメラ集団のうちの一人がその客を撃った。撃たれた客は一瞬にしてその場から消え去る。それを見て、店内はパニックになった。我先にと逃げようとする人々が陰毛炎炎メラメラ集団の銃で撃たれ、消えていく。


「やめさせろ!」


 遼2リョウツーくんは、青傘の天使ブルーゴブリンに向けて怒鳴った。

 そんな阿鼻叫喚の中で、青傘の天使ブルーゴブリンは知らぬ存ぜぬといった風に言葉を紡いだ。


「私ね、美味しい牛タンをお腹いっぱいに食べたいのよね」


 青傘の天使ブルーゴブリンは陰毛炎炎メラメラ集団が店の中の人々を撃って消していく中で、構うことなくもう一口おにぎりを食べた。


「でも、私の世界ではそれも困難……。だけど斑模様の夢見少女アリス・イン・ザ・アスはそれを可能にしてくれると言った。どんな世界の、どんな性癖の人間も、誰にも後ろ指を差されない世界に導いてくれると」

「その為に罪もない人々を消すのか!」


 遼2リョウツーくんの手がワナワナと震えていた。今すぐにでも陰毛炎炎メラメラ集団に突撃しそうな勢いだが、堪えている。


「あなたは勘違いをしているわ、遼くん。私たちは彼らを消しているんじゃない。新世界に導く準備をしているだけ」


 青傘の天使ブルーゴブリンは鞄の中からおにぎりとは別のものを取り出した。

 取り出したものを見て、遼2リョウツーくんは目を見開き硬直した。陰毛炎炎メラメラ集団が持っているのと同じ銃だ。


「あなたも案外不用意ね? これまで大丈夫だったからと気が緩んだのかしら? あなたも導かれなさい、新世界へ」


 遼2リョウツーくんが硬直した隙に、店にいた陰毛炎炎メラメラ集団の二人が彼の両端から彼を拘束した。そこに向け、青傘の天使ブルーゴブリンは銃口を向けて、引き金を引く──。


「駄目!」


 私は咄嗟に、青傘の天使ブルーゴブリン遼2リョウツーくんの間に割って入った。青傘の天使ブルーゴブリンの銃から放たれたものが、私のお腹に命中した。


「おうふ!」


 殴られたような痛みが私を襲う。だが――。


「……あれ?」


 他の撃たれた人間のように消えるようなことはなく、私は何もなかったかのように青傘の天使ブルーゴブリン遼2リョウツーくんの間に立っていた。


「!? 天国への階段ヘヴンバレットが効かない?」


 青傘の天使ブルーゴブリンが驚いた様子で私を見る。その隙を遼2リョウツーくんは見逃さなかった。自分を拘束していた陰毛炎炎メラメラ集団(人間門松ゴールデンペラー)の一人のお腹に肘鉄を入れ、拘束から逃れると、自分を拘束していた人間門ゴールデンペラーから銃を奪い、青傘の天使ブルーゴブリンに向けた。


「やめ──」


 静止の言葉を最後まで言う前に、青傘の天使ブルーゴブリンはその場から跡形もなく消え去る。そのまま遼2リョウツーくんは近くの人間門松ゴールデンペラーにも銃を向け、引き金を引いた。

 遼2リョウツーくんの手で、人間門松ゴールデンペラーが次々と消えていく。


「行きますよ!」


 遼2リョウツーくんは、ポカンと立ち竦んでいた私の腕を引っ張り、デ〇ーズから飛び出した。


 遼2リョウツーくんは私を抱きかかえ、ぴょーんと両足で跳躍する。私の頭を、本日二度目となる回回グルグルとした不快な感覚が襲った。



続く。





【和田島博士の解説tipsその3】

 青傘の天使ブルーゴブリン

 本名を棉井紗季わたいさきというこの女性は、他の「イサキ」もまたそうであるように、その世界で決して満たされることのない欲求に駆られていた。それは「家族みんなで笑いながら牛タンをお腹いっぱい食べたい」というもので、彼女の切なる願いは彼女の住むマルチヴァースDvBZ2020では叶えられることがなかった。つまりはで言うところの「家族みんなで性交したい」と言っているのと同じだからだ。

 また、彼女は「あなたたちの世界ではこういうことをしても許されるのでしょう?」と言っていたが、飲食店で持ち込みのおにぎりを出すべきじゃないし、性欲と食欲が逆というなら、こっちの世界での風俗店でおもむろに手作りのおにぎりを鞄から取り出す奴はなんか嫌。どっちにしてもどこかズレている彼女であったが、天国の階段ヘヴンバレットで消されそうになった我らが遼2リョウツーに返り討ちを喰らう結末と相成った。

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