エロス・マルチヴァース・ワンダラー

宮塚恵一

第0話 昔は並行世界って言っていたものを今はマルチヴァースって呼んでいるけど、結局のところ量子論多世界解釈的なifの世界観から脱却できていない。

 私、ワダシ伊咲イサキは礼拝堂で祈りを捧げていた。


「突然ですが世界の危機です」


 礼拝堂の講壇に急に穴があき、そこから人間が飛び出してきた。全身を顔以外ピッチピチのタイツのようなもので包んでいる若い男の子だ。

「へ、変態ヘンタイ!」

 思わずそう叫んでしまったものの、その顔には見覚えがあった。

「……って、あなた都月トツキリョウくん?」

 全身ピチピチタイツの男の子の顔は私の幼馴染、遼くんだ。

「そうですが、ぼくはあなたの知っている都月遼ではありません。あなたの知らない他の世界マルチヴァースから来た都月遼──あなたの世界の都月遼との区別の為、遼2リョウツーと呼んでもらって構いません」

「何を言っているの?」

「あなたは多重世界マルチヴァースを救うことのできる唯一の人間なんです。世界を救う為、一緒に来てもらいます」

 遼くんの頭のおかしな言動に混乱しつつも、私は不可思議なことに気がついた。目の前にいるのは、確かに見覚えのある遼くんの顔だ。しかしそれではおかしいのだ。遼くんと私が最後に顔を合わせたのはもう十年前、私がまだ十代の頃である。その頃と全く印象の変わらない幼い顔なのだ。


「説明は後です。もう奴らに勘付かれました」

「奴ら?」


 首を傾げる私の顔を見て、遼くん(遼2リョウツーくん?)は礼拝堂の入り口を指差した。

 見ると、礼拝堂の扉がバタンと倒れる。その向こうに、脚を突き出した人影が見えて、扉が蹴破られたのだと理解した。その人物の更に奥から、ぞろぞろと何人もの人間が礼拝堂に侵入してきた。

 神聖な礼拝堂に慌ただしく何の挨拶もなく侵入してくるとは不届者であるが、その姿に私は目を奪われた。


 礼拝堂に侵入してきた人々は皆、顔に黒いビニール袋のような物を被っている。皆、その腕にはイカつい機関銃を抱えていた。

 そして特筆すべきことに、頭から下は完全に全裸であった。

 それも皆、乳房が大きく膨らんでおり、女性であることが伺える。それだけではない。彼女たちの下半身、股間の部分が炎炎メラメラと燃えている。その炎は金色であるが、彼女たちはその火を何とも感じでいない様子で、私たちに向けて一斉に銃口を向けた。


「本当に時間がありません。申し訳ありませんが失礼します」

「ふわっ!?」


 幼い遼くんの顔をした男の子は、私を抱き上げた。

 まるで浮かび上がるように感じるくらい楽々と私を持ち上げた遼くんは、確かに私の知る遼くんとは違うように思える。何と言ったって、私の知る彼は高校生になっても泣き虫で、ことある度に泣いているような男の子だったから。

「それでは行きます!」

 遼くん──遼2リョウツーくんは私を抱き上げたままぴょーんと両足で跳躍した。その瞬間、世界が回回グルグルと回った。ジェットコースターで回転したみたいなその感覚に、私は吐き気を覚える。その瞬間、っと視界が開けた。


「ここは──?」


 私は辺りを見回した。そこは先程サッキまでいた礼拝堂ではなく、どこかの森の中だった。


「ひとまず奴らを撒くことは出来ましたが、困りましたね。現在座標が判りません。それに──」

 遼2リョウツーくんは私の体を、頭の先から爪の先までじっくりと見る。

「し、視姦シカン?」

「違います。あたなの格好をまずは何とかしないといけませんね」

「わ、私の格好に何か問題が?」

「問題大有りですね。だって貴方、ほぼ裸ですよ」

「そ、それに何か問題が?」


 裸は修道女シスターの正装だ。

 さっきの謎の陰毛炎炎メラメラ集団のように、完全に全裸というわけではなく、乳首と股間を隠す形であれば正装と見做される。私も乳首にパッチを貼って隠し、下にはフンドシというどこに行っても恥ずかしくない格好だ。


「駄目です。まずは服を──」

「待って」


 遼2リョウツーくんが何かを言おうとしていたが私の耳には何も届かなかった。胃の中から込み上げてくる流動物に抗えず、私の口から大量の吐瀉物が飛び出す。吐瀉物は遼2リョウツーくんの顔に勢いよくブチかかる。

 ここは宇宙空間かと勘違いするほど、静寂が支配する時間が、暫く続いた。



続く。



【和田島博士の解説tipsその1】

 マルチヴァースABCz0234。

 渡伊咲の存在していた世界ヴァース。全裸こそが理想の人間の姿であり、裸を美しく見せることこそが最も飾られている、とするアポロン教が紀元1世紀頃からヨーロッパ全土に広がり、服飾文化が発展しなかった。あくまで寒暖差を防ぐ為に布を全身に巻くことはあるが、特に問題がなければ出来る限り肌を露わにした姿こそフォーマルな姿とされ、アポロン教の修道女シスターである渡伊咲もまた裸こそが最も美しいと考えていた。

 裸を恥とする文化はあまり残っておらず、マルチヴァースABCz0234においてマイノリティである一神教徒でさえも多くの世界ヴァースでいう下着姿のような格好である。

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