09 浜デート


 丁度、冒険者ギルドから大通りの噴水の前を過ぎて、右の道をぐるぐると回って下りると、いくつもの入り江になっていて、そこら辺りは漁港が広がっている。


 この辺りで穫れる貝や海藻は、納品場所が港近くのギルド支部になっていたので、次からはギルドに行かなくてもいいかもしれない。

 入り江の奥には川が流れ込んでいて、砂浜があったりする。なかなか景色の良い所だった。


「これは岩のりだ。煮ものにする。このトゲトゲの巻貝はバティ。焼いて食べる。こいつの殻を被ったのが砂浜にいるがあれは魔物だ」


 岩場でのんびり貝やら海藻を拾う。面白い形のものを見つけた。

「これなに?」

 透明の指サックの先っぽみたいなものがずらずらと繋がっている。ラッジが取ってナイフで穴をあけて絞って海水で洗った。


「これは海ほおずき、口に入れて鳴らすんだ。ブーブー」

「ふうん」

 ひとつ貰って口の中にくわえる。舌で潰すと面白い音がする。

「こう? ブーブー。えへ、面白い、ブーブー」


 ふいにラッジがほおずきを吐き捨てた。レニーの顎を持ち上げて口の中に指を入れた。訳が分からなくて見上げるレニーの口から、ほおずきを取り上げる。

「な……」

 そのままラッジの唇が降って来た。

「ん……」

 何をして……。

「ごめ──」

 ラッジに抱き込まれた。


(ドキドキしている。これは僕の心臓の音? ラッジの心臓もドキドキしている)

「レニーが可愛い、とても好きだ」

 少し掠れた声でラッジが言う。

(好き……)

 キスしてもいいくらいに?

 抱きしめられてもいいくらいに?

「僕も──」

 レニーの返事をラッジは遮る。


「ごめんな、まだこんなに小さいのに」

 そうだった、レニーはまだ十二歳。

「でも、唾つけたから、レニーはもう俺のものだな」

 そう言ってニャリと笑う。悪い奴みたいに。

 うーん。暗示にかけてる? かかったみたい?

 見上げると、もう一度、唇がチョンと当然の様に落ちて来る。



 納品はラッジが色々と教えてくれた珍しいものが結構あって、まあまあの金額になった。

 ギルド支部に納品した後、ラッジとふたり、手を繋いでのんびりと海岸を歩く。


 潮の干た岩場に、黒い海藻の様なものが風に吹かれている。

 いや、風がないのにぴらぴらと動いている。動きがおかしい。

「ラッジ、アレは何だろう」

 隣にいたラッジに聞く。何だろうぴらぴらと。


 ラッジは身軽に岩場を飛んでそこに行った。そして干からびたタコの様なものを岩場からつまみ出した。

「タコ?」

「いや、この前のヤツと同じだな、岩場に引っかかっていた」

「クラーケンの幼生なの?」

 ほとんど死にかけだ。だらんとして足の先が黒っぽく変色して。


『タスケテ……』

 それは風に乗ってかすかに聞こえた。

「え」

『……タスケテ』

 ラッジが持っているタコのようだ。


「ねえ、ラッジ。こいつ『タスケテ』って言ってる」

「え、レニー。お前……」

 ラッジはタコを持ったまま固まっている。

「なんか可哀相」

 じっとタコを見るレニー。


「こいつは危険なんだよ。大きくなったら船を襲うんだ。この前の奴にお前も吹き飛ばされて死ぬとこだったじゃないか」

 そう言われたら何も言えないけど。レニーはしょぼんとしてしまう。

 ラッジはレニーを見て溜息を吐いて海に向かった。


「内緒だぞ」

「うん、ラッジありがとう」

 波打ち際まで行ってタコを海に戻す。しばらく浮かんでいたけれど、タコはゆっくりと海の中に潜って行った。

「ほかの魚に食べられないかな」


「あいつはラッキーだから大丈夫さ」

「え、何で?」

「レニーに拾われたから」

「そうかな」

 それを言ったらレニーだってラッジに拾われたのだった。

「僕もラッキーだったんだね」

 ラッジは黙ってただレニーの頭をポンポンと撫でる。

 海はキラキラと輝いて、沖で魚がパシャンと跳ねた。



  * * *


 屋敷に帰るとエリアスが待ち構えていた。

「坊ちゃんは、あれほどひとりで行動しないよう言いましたのに」

 ごとごとと沢山小言を食らった。


「僕は冒険者ギルドに登録したんだ。レベル上げしたい」

「そんな事、旦那様がお許しになる筈がありません」

「エリアスは僕が貴族の慰み物になってもいいの?」

 レニーは切羽詰まっていた。もう言葉を選んでいられない、直球で言う。


「そんなこと旦那様が──」

「再来週シノン伯爵の館に行くんだ」

 エリアスは息を飲み込んだ。シノン伯のあまりいい噂は聞かないからだ。

「悪あがきをしてみる」

「では私も、一緒にギルドに行きます」

 次からはエリアスと一緒に行くことになった。


 その日から暇を見つけては支部に通って、貝やら海藻やらを拾って納品した。ついでに汐が引いた時に出る、殻を被ったエビによく似た魔物の討伐も受けた。

 三日でレベルが上がった。


 スキル色魔法・黒『吸収』を覚えました。

『吸収』ってナニ?  どうして普通の魔法じゃないの?

【腐女神】のバカ―――!!

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