【赤ちゃん】編

1-1【赤ちゃんから始めて見ましょう】



◇赤ちゃんから始めて見ましょう◇


 異世界【レドゥーム・アギラーセ】。

 剣と魔法やモンスター、勇者にお姫様、それに魔王が存在する、正統派ファンタジーの世界だ。


 そんな、とある国のとある村のとある夫婦のもとに、待望たいぼうの男の子が産まれた。

 その夫婦には二人の女児の子供たちがいたが、跡目あとめげる男児はいなかった。


 しかし、ようやく生まれてくれたこの男の子は――別の世界の人間。

 その、生まれ変わりだったのだ。


「ああ、頑張ったねレギン……」


 父親は、赤ん坊を産んだ自分の妻の手を取って、涙ながらに感謝をつたえる。

 母親は、幸せをかみしめた顔で赤ん坊にほほを寄せた。


「初めまして、私たちの赤ちゃん……スクルーズ家にようこそ」


 【サディオーラス帝国】……最東端にある名も無き小さな村、スクルーズ家。

 特に家柄などなく、貴族でもなんでもないごく普通の村民だ。


 父親の名はルドルフ・スクルーズ。

 母親の名はレギン・スクルーズ。

 産まれた男児の姉である二人の女児は、長女レイン、次女クラウだ。

 そして、新しく家族になった男児には。


「ははは、よく泣いているな……」


 そう言いながら、ルドルフは目頭に貯まった涙をぬぐう。


「ええ。あなたに似たのね」


「ははは、そうかもしれないなっ」


 夫婦は笑いながら、男児の名を付ける。

 この男児……転生者であるこの男の子の名は。


「よーし、今日からお前はミオだ……ミオ・スクルーズ。それがお前の名前だからなっ!!」


 高らかにかかげる我が子……ミオ。

 おぎゃあおぎゃあと泣くその顔は、「おいこらふざけんなぁぁぁぁ!そんな名前やめてくれぇぇぇ!!」と言っているのだが、当然つたわる訳もなく。


「おおー!ほら見ろレギン、喜んでいるぞ!」


「うふふ……私には泣いているように見えるけど」


 新たな世界で、新たに生を受けた。

 ミオ・スクルーズとして転生した男。

 女神は言った。大きくなれば・・・・・・転生前の記憶も思い出すと。

 しかし、赤ん坊はすでに思考が出来る。


 そう……転生した男は、もう自我じががあったのだ。

 産まれた瞬間に、転生者は思い出したのだ。生前の記憶を。

 赤ん坊ゆえ、当然話す事はできないし、泣く事しかできないが。

 男、ミオ・スクルーズは思いのたけを込めて泣く。


「おぎゃああああああああああああああああああああああ」

(なんで、なんで……転生前と同じ名前・・・・・・・・なんだよぉぉぉぉぉぉ!!せめて異世界っぽいカッコイイ名前にしろやぁぁぁぁぁぁぁぁ!!)


 と、ミオ・スクルーズは泣き叫ぶ。

 ミオの生前の名は、武邑たけむらみお

 しくも生前と同じ名前を付けられた、運のない男だ。


 こうして、30から始まる異世界転生が、幕を開けるのだった。




 数日後――


 なぁ、産まれてからどれくらいった?

 まだ数日か?それとも数十日?いっそ一年とか……早くってくれよ頼むからっ!!


「――おぎゃあ、おぎゃあぁぁぁぁ!」


「わ、わー!お母さんっ!ミオが泣いてるよー」


 泣くわめく俺を、長女のレインがあやしてくれるが、まっっったく嬉しくない。

 何が面白くて女児の変顔を見にゃならんのだ。


「あらあら、ミオは泣き虫さんね……やっぱりお父さんに似たのかしらねぇ~」


 母親のレギンが俺を抱き、よしよしと揺すってくれる。

 くそぅ……悔しいが、母に抱かれる安堵感あんどかんと言ったらこの上ない!


 前世の母親に同じことをされたら号泣する自信があるが、なんということでしょう。今世の母親レギンは……ドチャクソ美人さんだ。

 おまけに父親のルドルフまで結構なイケメンときたもんだ。これで俺が成長して、将来ブ男だったら、もう一度転生させろと言いたくなっちまう。


「おぎゃああああ!」


「あらあら、おっぱいかしらね?」


 ――!!や、やめろ……やめてくれぇぇぇ!!


 それ・・だけはもう嫌だ!!

 その羞恥しゅうちだけはもう勘弁かんべんしてほしいんだ!

 なんで大人の意識をたもったまま、母親の乳房ちぶさに吸いつかにゃならんのだ!!

 俺にそんな高度なプレイを強要しないで――はむっ!!


「……ちゅぱ、ちゅぱ……」


「ほら泣き止んだ……」


 くそがよぉぉぉぉ!!本能にはあらがえねぇぇぇぇ!!

 赤ん坊の当然の権利けんりを、俺はいやいや堪能たんのうする。

 堪能たんのうさせられている。


「ばぶ、ばぶぅ。きゃっきゃ!」


「お腹いっぱいになったらこの笑顔よ?本当にパパにそっくりね」


 それを言われるとさぁ、何だか夫婦のプレイがそういう事してんじゃねーの?ってかんぐっちゃうからやめてくれ!!居たたまれないんだよぉ!!


「お父さんおかしい~」

「だねぇ~、おっぱい飲むの?」


 ほら、お姉ちゃん二人もうたがってんじゃん!!

 少しは恥ずかしがれよオヤジさんよぉ!!


 ――うっ!!の、飲んだから……腹が。

 くっ、クソ……クソ……くそがよぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉ!!


 文字通り、オムツに用を足した俺は心の中でむせび泣く。

 そうだ、これからオムツをえられるのだ。


「あ、くちゃいくちゃいだ~」


「あらホント、飲んだらすぐなんだから……オムツも替えを買わないとね」


 母親レギンは俺を寝かせると、足をパッカーンと布のオムツを脱がせる。

 くっ、恥ずかしすぎる……全開で見られてる。

 こんな幼気いたいけな女児二人に、ガン見されてる……おいオヤジ!せめてお前は見るな!!


「ほらみてみて、小っちゃいおち○ちんっ」


 ぎゃああああああああああ!!


 何をあろうことか、次女のクラウが俺の息子を引っ張りやがる!!

 やめ、やめ……前世でも触られたこと無いのに!!

 やめ……やめてくれぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇ!!




 更に数日後。

 産後の運動もねて、母親のレギンは俺を連れて家の外に出た。

 俺にとっては、初めての異世界の外だ。


 一体どんな世界観なのか、どんな街並みなのか。

 空が赤かったり、月が二つあったりさ。色々と想像したよ。

 散々プレイしたネトゲの世界観とごっちゃになって、F〇とかドラ〇エの世界を想像しちゃうよな、定番だけどさ。


 しかも女神は言っただろ?そういう世界・・・・・・だって。

 剣と魔法の世界。つまりロールプレイングし放題ってわけだ!

 これから成長して、旅に出て、勇者と言われるようになるんだろう。

 なんたって……異世界転生だからなっ!!


 しかし、そんな甘い夢を見た俺の考えを……一気にぶち壊すのが。

 そう――異世界なんだよな。


「ほらミオ、お外でちゅよ~」


「あう、あう~」


 なんだこれ……なんにも無いぞ?スクルーズのボロ家があって、他の建物が……二、三、四。

 十数件のボロ家と、村長宅とおぼしき多少大きな家があるが、それだけだ。たったのそれだけしかない。

 村を守る兵士もいなければ、害獣がいじゅうから農作物を守るさくすらない。


 母レギンは俺を風から守るようにしてくれるが、俺は周りをもっと見たかった。

 もしかしたら、他に何かあるかもしれないだろ?

 王様から勅命ちょくめいを受けた騎士がやって来るとか、お母さんが息子を起こして「今日はお城に行くのでしょ?」って言ってくれるとかさ!!


 美味しい名産の果物くだものめぐって争いがおきたり、ソルジャーがデデデデデデ、デデデデデデ、デデデデーンって列車から飛び降りたりさ!!

 なんか……あるだろ、普通。


 異世界転生だぞ?死んだんだぞ、俺は。

 ならせめて……楽しい異世界の転生ライフをさせてくれよっ、頼むから!!

 何もないじゃないか……ド田舎もいい所だぞ、日本の田舎の方がまだ物があるって!


「さぁ、沢山歩いたし、戻りましょうね」


 本当にただ歩いただけだ。

 何も無い、只々広い村の中を、乳児連れのお母さんが散歩しただけ。

 それだけだ。


 ぱたんと閉められた家の扉は草臥くたびれていて、反動でメキッと音を鳴らす。

 しかし家の中では二人の女児が、心底楽しそうに遊んでいて……何故なぜだか、無性むしょうにやるせなくなった。

 なんだろうな、気持ちがえる?そんな感じだ。


 せっかくの異世界転生。【無限むげん】なんて言う素敵能力も貰ったのに、スタート地点で心が折れそうだ。いや、もう折れてるかもしんねぇ。


 だってさ、これから十数年この何もない村で過ごすんだろ?

 こんな過疎化かそかした村で、満足に食事も出来ないような場所でさ。

 いったいこれから、俺はどうしたら良いんだろうな、マジで……あー、もうやだ。やる気しねぇ。




 俺が産まれて数ヶ月。


 俺は寝っ転がりながら、心の中で一人つぶやいていた。

 産まれてから数ヶ月がやっとったが。何度も何度も羞恥しゅうちに耐えて過ごしてきた赤ちゃん生活。

 乳を飲み、クソをして寝る。そんな生活も慣れてきて、今のようにたまに夜中にふと目を覚ます。

 まぁ分かるだろ?この独り言こそ、そう、夜泣きだよ。


「うぎゃああああああん、おぎゃあああああ」


 その度に、母レギンは俺をあやしてくれる。

 抱っこをして、乳を飲ませ、オムツをえて散歩さんぽをする。

 こんな夜中でも、何時いつでもだ。

 一方で、夫のルドルフはいびきを掻いて眠りこけている。


「はーいはい。よしよし……いい子でしゅね~」


 少しは妻を手伝えよ。この駄目だめ夫が。

 この様子だと、レインとクラウが赤子の時もこんな感じだったんだろうと、容易よういに想像が付いちまう。

 もしかして、ルドルフは典型的てんけいてきなダメンズなのでは?と。


「パパに似て、夜型なのかな~?ハッスルしちゃうのかな~?」


 おい、頼むからやめてくれママン。言葉が分からないと思ってるだろうが、二人の姉より知っているんだ。すまんなマジで。

 そんな俺の葛藤かっとうつゆとも知らず、レギンは夜の村を歩く。

 そしてふと、ランタンのあかりが目に入った。


「――おや?これはスクルーズの奥様じゃないか……」


「……あ、ど……どうも」


 ん?レギンが強張こわばった?

 俺は声の方に振り向いた。そこには、ランタンを持ったイケメンがニヤニヤしながらレギンを見ていた。


「こんな夜中にどうしたんです?……ああ、そうか、子供の夜泣きか。大変ですねぇお母さんは」


「い、いえ……当然の事ですから。オイジーさんこそ、どうしたのです?こんな時間に」


 この男、近所に住むオイジーと言う若い男だ。

 その視線しせんはいやらしく、レギンを舐める様に見てやがる。

 おいやめろ、母に色目を使うんじゃあない。


「スクルーズの子供だもんなぁ……」


 あ?今なんつった?

 あんな駄目男でも、一応この世界での俺のオヤジだぞ。まるで俺まで駄目って言われてるみたいで、心底腹立たしいんだが。

 それはレギンもそうなのか、俺を抱く手に力が入る。


「そんな事はありません。彼は仕事をしてくれています。私と三人の子の為に、汗水流して野菜を育ててくれているんです!」


 なるほど。スクルーズ家は農家か。

 四人が毎日のように食べるせた野菜は、自家製だったのか。


「そうかい?でもそれじゃあ、奥さんは寂しいんじゃないかな?」


「――!」


 おいこら、肩を寄せるんじゃねーよ!!

 ママンもこばみなさ……い?


 は?え?


「……」


 寂しいのかよ!!仲良し夫婦じゃないの!?

 そう心の中で叫んだ俺だったが、レギンは。


「――そういうのはやめてください。確かに私たち夫婦は……あなたの家に借金がありますけど、そんなつもりは一切ありませんから」


「へぇ……いいんですか?だってそうでしょう?なんたって――村長の息子ですからねぇ」


 コイツ、この村の村長の息子だったのか。

 でもって、スクルーズ家はこいつに借金がある……と。


 こりゃあ、ルドルフは知らないパターンだな?

 いや、もしくはルドルフが作った借金か……?いやいや、そこまで駄目な男じゃないだろう、きっと。


「と、とにかく。借金は野菜を売って返します……なので、これ以上は」


 これ以上?おいママン……この男に何かされたのか!?

 俺の勝手な妄想・・がオーバーヒート!!流石さすが魔法使い!

 もしこの妄想が事実だったら……クソが!!許せねぇ!!


 しかし順当に夜泣きも終わり、家に戻った俺と……母レギンは。


「……怖かったね、ミオ」


 本当だな。ああいうやからほろびればいい。

 つーかオヤジよ……お前がしっかりしろ。


 レギンは俺を寝かせると、自身もルドルフの隣に横になり、その背に顔をうずめていた。

 気付いてやれよ、馬鹿オヤジ。


 それにしても、俺の異世界転生……ハードコアだな、環境だけが。

 スタート地点もこんなド田舎で、やれることもない。

 このまま十数年を過ごして、本当に勇者に成れるのだろうか……不安しかない。


 ん?いや……まてよ?

 勇者に成る?そんな事、一言でも言ったっけ?

 あの女神も、そんな事は言ってないよな。

 そうか、そりゃそうか……俺が勇者だなんて、保証はされてねぇもんな。


 このまま行けば、黙っていても農家の息子……か。

 でもって、美人の母親は村長の息子に狙われていて(妄想)……旦那はそれに気付いてもいないのか……マジかよ。

 この調子だと、二人の姉も将来が不安だな。

 なにせ母親似の美人さんだ。あの村長の息子が手を出すという事も考えられる(妄想)。


 俺は腕を組んで、ばぶ~とうなる。

 ん?腕を組んで……るな、組んでるわ。見事に。

 これ、この調子なら意外と早く動けるんじゃね?

 そう期待して、何とか早めに赤さん時代を終えたい俺だった。


 そして数ヶ月。何事もなく数ヶ月……と言いたかったが、そうでもない。

 あの男、オイジー・ドントーと言うらしいその村長の息子は、度々スクルーズ家に顔を出してくるようになった。


 しかも――好青年の顔をよそおってだ。

 父ルドルフの畑を手伝ったり、二人の姉の子守りをしたりと、実に気持ちのいい皮の被りっぷりだった。


 不安そうにするのはレギンだけだが、そんなことかえりみず着実に、一歩一歩スクルーズ家に浸透しんとうしようとしてやがる。

 頼むからママンとオイジーを二人きりにはするなよオヤジ!!


 そんな俺の心を読んだのかそうでないのか、ある日。


「すまんレギン。実は、少し遠くの敷地しきちに、畑を持てることになったんだ……そこを借りる・・・ことにした」


「と、遠く?それってどれくらいなの?」


「そうだなぁ、歩いて一、二時間……ってとこかな」


「そ、そんなに!?」


 そんなに!?おかしくないか?一度散歩で連れられて見たけど、スクルーズ家が持ってる敷地しきちだけでも結構な量の畑があったぞ?

 それなのに、今ここで広げる必要ないだろ!


「――ああ。実はこれはオイジー君の発案でね」


 アイツかぁぁぁぁ!!仕掛けてきやがったぞあのイケメン!!

 ルドルフを遠くに追いやって、レギンを手籠てごめにする気だな……!?(妄想)

 ほら見ろ、ママンも顔面蒼白だぞ!


「大丈夫だよ、きっと上手くいくさ!」


 そうじゃねぇんだよオヤジィ!!

 頼む!頼みます!!自分の妻の心情に気付いてやってくれよ!


「……ええ、そうね。心配、ないわよね」


「ああ!きっと上手くいく。そうして野菜を沢山育てて、もっといい生活しよう!!」


 駄目だ。うん。こいつは駄目だ。

 知らんぞ、妻を若い男に寝取られても……もう後がないんだからなっ!!

 こうなったら……俺がママンを、守ってやる!!

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