そこにあるバス停

そうざ

There is a Bus Stop

 陽気が良い。

 もう桜が咲いている。

 また春が来たのだ。

 あの子ももう――高校生か。

 子供の成長は早い。季節よりも早く、親よりも早く先へ先へと行ってしまう気がする。

「バスをお待ちですか?」

 好々爺こうこうや然とした男が杖に支えられながら話し掛けて来た。

「えぇ……娘が帰って来るので、お迎えです」

 僕は直ぐにベンチの端にずれ、スペースを作ってあげた。

「貴方、お幾つ?」

「七十歳です」

「私は今年で九十ニです」

 見た目と数字とに違和感がない場合は、どう反応するのが正解なのか。

 彼是あれこれと言葉を探している内に、主導権は完全に相手のものになった。

「バスをお待ちですか?」

「えぇ……」

 もう到着して良い頃だが、一向に車体の影は見えない。その癖、道はやけに空いていて、目の前を行き過ぎる車はほとんどない。

「私には一人息子が居りましたが、行方不明になりましてね」

「……それは、お気の毒に」

「息子は私の宝物でした……」

「えぇ、親にとって我が子は宝です」

「はい……」

「行方にお心当たりはないんですか?」

「バスで何処かへ行って、そのまま帰らんのです」

「このバス停から?」

「確かそうです」

「いつの事ですか?」

「……いつだったかな」

 時計を確認する。どうしてバスは来ないのだろう。

 陽射しが強い。

 桜の木陰に居ても汗ばむ。

 もう夏なのかも知れない。

「警察には届けたんですか?」

「いやぁ……」

「どうして?」

「警察だなんて貴方、そんな大袈裟な」

 男は咳き込むように笑った。

 どうも様子がおかしい、と思った矢先に話題が変わる。

「妻に先立たれましてね。貴方は?」

「うちのは……出て行きました。お恥かしい話ですが」

 今度はこちらが笑う番だった。

 顔を見合わせ、それはいつの事ですか、と言い掛けたものの、互いに気が引けて押し黙ってしまった。

 妙に肌寒い。

 初秋か。

 季節も家族も、あっという間に何処かへ行ってしまう。

「お二人さん」

 ベンチの後ろから女性の声がした。年の頃は、幾つだろう。

「寒くなって来たから、そろそろ帰りましょう」

「もう直ぐ息子が帰って来るんだ……」

「娘を出迎えないと……」

「二人はここよ」

 女性の背後から男の子と女の子が顔を出した。

「何だ、もう帰ってたのか」

「何だ、そこに居たのか」

 男が男の子の手を取った。僕は女の子の手を取った。

 二人共、幼稚園児のようだが、小学生と見紛う背格好だ。子供の成長は早い。

「さぁ、仲好く帰りましょう」

 皆で手を繋ぎ、一列になった。

 男の子が小声で言う。

「お母さん、もっと時給を上げてよ、こっちは遊ぶ時間を削って付き合ってるんだから」

 女の子も小声で言う。

「こんな幼稚な格好までさせられて、マジで恥ずかしいんだから」

 最近の子供の言う事はよく解らない。

 でも、何だか家族みたいで微笑ましい。

 まるで四世代の大家族だ。

 認知症、専門、フロア――またあの建物に帰るのか。

 それにしても、いつになったらバスは来るのやら。

 もう直ぐ冬もしまいだ。

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