第2話 王子くんのお願い
「た、ただいま……」
「おかえりー! あさひ、遅かったわね。なんか息切れしてるし……どうしたの?」
帰宅後、母が玄関まで出迎えて眉をひそめた。
それもそのはず、私は汗だくで息も絶え絶えだからだ。
「学校の近くから……走ったから……」
「ええ? 電車に乗らなかったの? こんな時間なんだし、二駅でもちゃんと乗りなさいよ」
「うん……」
おそらく口を尖らせているであろう母を背に、私は冷蔵庫へ向かった。急いで麦茶を出してコップに注ぎ、一気に飲み干す。
それから「先にご飯食べるでしょう?」と言って茶碗を持っていた母に断りを入れて、お風呂に入った。
湯船の中で、さっき「シュクル」で起きたことを思い出す。
「シショクヤク……試食役かあ……」
「さすがに、無理だよね……」
呟いて、顎まで湯船に沈み込む。
私には、人にはうまく説明できない特技のようなものがある。
私は、他人より味覚が敏感なんだ。
ソムリエの父の影響で、子供の頃からいろんなものを食べてきたかららしい。特に甘いものに対してそうで、おいしいと思ったお菓子やお店は人気になることが多い。
けど、今さら言い逃げしてしまった罪悪感で胸がモヤモヤする……。
次の朝。部活の朝練がある私は家族の誰よりも早く家を出た。
「あさひ、おはよう!」
「
体育館に行くと、すでに練習している部員が何人かいた。
私は他のみんなに挨拶をして、
「ねえ、
「え、あさひ、知らなかったの?」
「うん、昨日初めて知った」
「そんなことがあったんだ。そういえば、前にあさひのこと聞かれたんだった」
「え?」
「部活が始まってすぐくらいかな。「いつも一緒にいる背の高い子、なんて名前?」って聞かれたの」
「そうなんだ……」
そんなに前から?
でも声をかけてきたのはつい昨日のこと。もしかして、すごく勇気を出してお願いしてきたのかもしれない。
私は昨日よりも罪悪感が大きく膨らんで、手を止めて俯いてしまっていた。
「断ってよかったんじゃない? あの人って本当に人気だから、仲良すると面倒なことになるかもだし」
「そ、そうなんだ」
「そうそう。それに私たちも大会近いんだから!」
そう言って
「そうだよね……」
小さな声で呟いて、私も
昼休み。給食を終えてクラスの友達と喋っていたら、ドアの方が騒がしくなった。見てみると、そこには
「え、王子じゃん」
「なに? 誰かに用事?」
こっちを見ている気がする。そして、私と目が合うと、にっこりと笑って手を振った。
「あ、こっち見た?」
「え、うちらの中の誰かに用事かな?」
一緒にいる友達もソワソワしながら髪や制服を整えてる。本当に彼って人気なんだ。
まさかと思いながら私が彼から目を逸らすと、入口にいた男子が大きな声でこう言った。
「
「「ええ!」」
友達含め、クラスの女子たちの声が被った。みんなが私を見てる。
思わず私はその場で肩を丸めて身を縮めた……つもりだった。
「ちょっと、あさひ? どういうこと?」
「王子と知り合いなの?」
「あ、いや、どうなんだろ……?」
なんて言っていいかわからず、曖昧な返事をしているうちに、友人たちは私の制服を引っ張って立ち上がるよう促してきた。
「まあいいや、いいから行きなよ」
「そうだよ、王子をお待たせするなんてダメだよ!」
「ええ……」
バシッと背中を叩かれて、私はその勢いに乗っかるように入り口の
「
王子こと
私は背中に刺さるクラスメイトの視線も相まって、逃れることはできなかった。
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