11= 夢の様な最後のつながり

ふと、思い出した。


その時のそれは、何気ない都市伝説にもなり得ないような、根も葉もない妄言に過ぎなかった。


『知ってるか?あっちの国には、機械だけじゃなくて生物兵器まで居るんだと』


腕に銃口が付いている男、透明になり背後から襲いかかる女、羽を持ち空を飛ぶ男……。


多分、その場に居る誰もかも……話してる本人でさえも、本気で信じてなんて無かった。

ただのエンタメとして、話してて、聞いてて楽しい話ってだけで……。


『あとは……麻薬入りのキスで恐怖を無くさせて、男を戦場に送る娼婦とか?』


……だから、そんなまでに現実がフィクションの様なものになっているなんて、信じたくなかったんだ。


「びっくりした?」


困惑する僕に、彼女はそう言って笑う。

その笑みは……多分隠し切ったつもりなんだろうけど、やっぱりどこか自虐的なものが感じられて、痛々しすぎて見ていられなかった。


……けど、逃げちゃいけないんだ。


僕が寄り添ってあげなきゃ、れいちゃんはこんな世界でひとりぼっちになってしまうから。


「……ねぇ、もっと聞かせてよ」


僕がそんな事を言うと、れいちゃんはちょっとびっくりした様な顔をする。


今日は特に表情がよく変わるから……見ていて飽きないというか、こんな状況なのに何だか新鮮で可愛く感じてしまう。


「……例えば?」


僕がじっと見つめながら待っていると、やっとれいちゃんは折れて、れいちゃんはちょっとジトっとした目で見ながらそう聞いてきてくれたので、嬉しくなって僕はすぐ口を開く。


「例えば……あ、ほら。れいちゃんって呼ぶのが一番って言ったじゃん?あれはどうしてなの?」

「あれ?あれは、普通に」

「普通に……何?」

「……お父さんとかお母さんとか、仲良い人は皆、れいちゃんって呼んでた、から……」


自分の事になると途端に歯切れの悪くなるれいちゃんだったけど、僕はそれからも色々聞いた。


……れいちゃんの過去は、お世辞にも良いものだったなんて、とてもじゃないけど言えない様な……そんなものだった。


「小さい頃は……凄く平和だった」


れいちゃんはゆっくり話し出す。


「でも、急にどこかに連れてかれて……それから家に帰れなくて、その間は真っ白な建物の中で実験ばっかりされてた」

「……どんな実験?」

「……。注射とか、薬とか……。たまに、手術みたいなの、したけど……」


そう言って、彼女はお腹の手術痕を見せてくれた。


痕の残らないような施術なんて一切されてなかったんだろうなってレベルに、痛々しく残るそれは、真っ白なれいちゃんの肌にはびっくりする程似合わなかった。


……けど、


「しき……?」

「……あっ、ご、ごめん……」


僕は無意識に、その痕に触れてしまっていた。


ちょっと驚いた様な、困った様な様に呼ばれて慌てて手を離すと、れいちゃんはしばらく口をつぐんだと思えば、僕の手首を勢いよく掴んで自分のお腹の痕にあてた。


「えっ、れいちゃ……」

「いいよ、触って。……これも、私だから」


ちょっとだけ不安げに言うれいちゃんからは、受け入れて欲しいと小さな心の声の様なものが聞こえた気がして、僕はそれならばと傷痕に触れている手を軽く滑らせる。


「……可愛いよ」


傷付けてしまうかもとは思ったけど、正直に思った事を言うと、れいちゃんはちょっとだけ笑ってくれた。


……そして、その後も僕達は、ゆっくりと自分達の話をし続けた。


れいちゃんはその建物から出られた後も、酷い生活を強いられていたみたいだった。

そして、ある日もう耐えられなくなったれいちゃんは、その館から逃げ出した。


「逃げると殺されるのは分かってたし、死にたくはなかったけど……死ぬとか生きるとか、逃げれるならもうどうでも良かった」


そのまま、命からがら逃げ出したれいちゃんは、やっとの事で両親の元に辿り着いたという。


「それから……どうなったの?」

「……」


でも、そこまで話した後……れいちゃんは口を固く噤んでしまった。

というより、話そうにも話せない様な、そんな雰囲気で……無理に話させたい訳では無かったけど、彼女は頑張って話そうとしているし、何よりも僕が知っておきたかったから、僕はぎゅっと手を握って後押しした。


「……しき」

「!な、なに……?」


すると、れいちゃんはついに意を決した様に口を開く。

僕も慌てて近づくと、れいちゃんは……


「っ……!!」


……ぐっと歯に力を入れて、顔を歪ませながらぼたぼたと涙を零していた。


「しきは私の事、捨てない……?」


泣きながらそう言うれいちゃんについ一瞬目を奪われてしまったけれど、僕はハッとして慌てて言葉を紡ぐ。


「捨てる訳ない、捨てる訳ないよ、」

「でも、お父さんとお母さんは……あんなに優しかったのに、私がこんなんになっちゃったから……私の事捨てて、だから……」

「れいちゃ……」

「……しき。私の事、嫌いになった?……お願い、本当の事……」

「違う!」


そのまま深みにはまっていきそうなれいちゃんを、僕は声を張り上げ、正面から強く両肩を揺さぶった。


「確かに、れいちゃんの親はそうかもしれないけど……そんな奴らと一緒にしないで」

「……。そんな奴らって、お父さんとお母さんは悪い人じゃ……」

「悪い奴だよ。……どんな理由であれ、子供を拒絶する人が良い人な訳無いよ」

「……」


れいちゃんはきっと、優しくて……とっても弱い人なんだ。

だから、実の親に捨てられてまでしても、間違いであると信じるのを辞められない。


……でも、それじゃいつまで経ってもれいちゃんは、その恐怖に縛られたままだ。


「僕はれいちゃんを捨てたりしないから。 ……だから、れいちゃんを捨てる様な両親なんて僕が捨てて、絶対忘れさせるから」


僕が思うままにそう言うと、れいちゃんはちょっと驚いた様に目を見開いてから、やがて……穏やかに笑った。


「ほんと?」

「……うん。ほんとだよ」

「そっか。……良かった」


落ち着きを取り戻してホッとしていると、れいちゃんは笑顔のままで確かに言った。


「……大好き、しき」


そのまま首元に手を回され、あっという間にぎゅーっと抱き締められる。


長い間そのままで、僕の耳元でゆっくりと呼吸を繰り返すれいちゃんの気配を……こんなに間近に感じて、僕は思考が追いつかず固まってしまっていた。


「……しき?」

「えっ?あ、あぁ、うん……」


さすがに微動だにしなくなった僕を不思議に思ったのか、れいちゃんは僕の首に手を回したまま、お互いの顔が見えるくらいまで離れてそう聞いてくる。


僕がそれにぎこちなく答えると、れいちゃんはいつもの様に面白そうに笑った。


「しき、顔真っ赤」


そう言われて、僕はやっと自分の顔がびっくりするくらい熱い事に気付く。

それで更に真っ赤になりそうで、僕はまたぎこちなくはにかみながら両手で顔を覆うことしか出来なかった。


そんな風に二人で笑っていても、ふとした時彼女を見上げると……視界にはあの大きなモニターが映ってしまって、僕はさすがに表情を強ばらせてしまう。


……もう、すぐそこだ。


そして、れいちゃんもそんな僕の様子に気づいたのか、でもモニターの方を振り返りはせずに、僕の頬に片手をやって口を開いた。


「ねぇ、最後に……しようか」

「……。えっ……?」


突拍子も無い一言に、僕は一瞬で彼女の事以外なんて考えられなくなる。


れいちゃんはそんな僕の様子を知ってか、頬にあてた手と顔をうんと近づけて、至近距離から僕に言った。


「だから今だけは、私との事だけ考えて」

「……うん」


僕はそれに答え、僕らはゆっくりとそのまま距離を詰め、静かに唇を重ねた。

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