Opus,11

「田中君……だ、大丈夫だった?」


 震える声で話しかけてきた春山さん。

 本当に心配してくれていたのが伝わってくる。


「大丈夫。心配してくれてありがとう……」


 俺は出来るだけ穏やかな口調を作って話すと、やっと安心してくれたのか、春山さんは胸に手を当てながらホッと息を吐いた。


 もしも――。

 

 前カノみたいなタイプじゃなくて、春山さんみたいな優しい人と付き合っていたら――。


 用水路に落ちて亡くなったのは自業自得だと思っている。

 前カノのせいではない。


 だけど、もしも――春山さんのような人を選んでいたら、死の直前まで感じていた惨めな気持ちを感じることはなかっただろう。


 そう思った瞬間――俺の中にある「田中」の記憶が溢れてくる。


 記憶の中の二人には、常に平穏で優しい時間が流れていた。


 ただ「田中」には「心」がないようで――どう感じたり、どう思ったりという感情が無かった。


 いつも春山さんが話しかけていて「田中」は相槌を打つ。

 まるで、そんな設定をプログラムされているかのように。

 ゲームの中で「田中」は「田中モブ」でしかなかった。


 だけど、俺の中の「田中」は何かを叫んでいる。

田中モブ」が唯一、感情を持ったような、とても悲痛な声だった。







『僕ハ君ヲ救イタイ』






 言葉意味が――


 だけど、次の瞬間、背中に激痛が走った。


 心臓の真下を刃物で抉られるような感覚。


 ボタボタと廊下に落ちる血。


 まるで嘘みたいな非現実な光景。


 


 


 

「キャー!!!!!!!!!!」






 春山さんの悲痛な叫び声が、学校の廊下中に響き渡る。






 

 俺は辛うじて薄れ行く意識の中で振り返る。






「ハァハァ……ぼ、僕の凛音を穢した罪だ……地獄へ堕ちろ……」






 そこには俺の返り血で真っ赤になった、ストーカー先輩がいた。


 



 

 

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