第25話 ただいま!
「さーて、着いたよ、マホ。ここ私んち」
「こ、ここ?」
こことフィオナが言った場所は、門だった。門の向こう側にうっすら可愛いお屋敷が見えているが、つまりここが全部敷地ってことか。
う~ん。貴族。
「これ全部フィオナん家かぁ。こりゃあ、美味い飯が期待できそうね」
「そこは任せて! 私も家で食べるの久しぶりだから、楽しみ。……みんな驚くだろうなぁ」
「完全に死んだと思われてるだろうからね……」
とはいえ、蘇生がある世界だ。そこまで驚かれないか?
いや、この街には高位司祭はいないって言ってたか。
門のところには誰もおらず、そのまま開いて入っていく。まあまあ不用心な感じだが、まあずっと門番を置くというのも金が掛かるだろうからな。
フィオナはお金を稼ぐ為にダンジョンに入ってたわけで、門番なんかおけるほど余裕がないということなのかもしれない。
それにしても、広い敷地だ。
家そのものは、2階建ての大きめではあるが可愛い感じ。
領地を持っている貴族ということは、つまりこの土地の最高権力者ということなのだろうが、そのわりには普通と言えるのかもしれない。庭というか土地はすごく広くて、この辺りは日本ではあまり見かけることがない様式という気がする。
屋敷の横には厩舎と、離れというか、別棟の宿舎みたいなものがある。今は誰も居ないが、その前は小さめな運動場のようになっていて、丸太が地面にいくつか突き刺さっている。訓練場かなにかなのだろうか。
「すごい敷地広いね。さすが貴族というだけある」
「貴族ったって、昔からこの辺りを任されてるってだけだよ? 戦争ももうずっとないし」
「先祖代々ってやつだね」
そういう事情ならお金にも余裕がありそうだが、なんでそこのお嬢様が探索者をやんなきゃならないほど困窮してしまったのだろう。
意外と貴族って儲からないのかな?
そんなことを話ながら、屋敷へ入ろうとしていると、外で洗濯物を取り込もうとしていた、ちっさいメイドと目が合った。
メイド服を着ているが、なんというかホントにちっさい。子どもがコスプレしてるみたいにしか見えない。
凄いな。中学生くらいじゃないか?
ポカンとした顔。もちろん、私ではなくフィオナを見ている。
なるほど、これが鳩が豆鉄砲を食らったような顔というやつか。
「や、ロナ。ただいま」
「ふ、ふ、ふ、ふ、ふふふふ、フィオナ……さま…………?」
「なんとか無事に生きて帰ったよ。ごめんね。心配かけた」
「ふぃ、フィオナさまァ!」
ロナと呼ばれた小さいメイドが駆けてきて、フィオナに抱き付く。
おお、さすがフィオナ愛されてるね。私も鼻が高いよ。って何目線だ。
その後、メイドが大急ぎで家の中に入って、家の人を呼びに行った。
私はちょっと所在ない感じ。
「……そういえば、私のことはなんて説明するつもりなの?」
「え? 命の恩人って」
「いやいやいやいや、そこはまあ100歩譲っていいとして、私、異世界人だよ? 記憶喪失設定でいく? それとも、正直に話す?」
「正直に話せばいいじゃない。どうして嘘をつく前提なの?」
「そ……それもそうか……」
異世界モノの王道を踏襲しなければならないという、謎の強迫観念に襲われていたな……。
フィオナの家族なんだから、正直に話せば良いのだ。それで、なにか不利益が発生することなんて……あるかもしれないが、そんときはそんときよ。
そんな話をしていたら、玄関扉が勢いよく開いて、小さなおじさんと、続いてフィオナに似た美人のマダムが出てきた。
「フィオナァ! お、おおおおおお! 本当にフィオナだ! よく……よく無事で……!」
「ただいま戻りました。お父様、心配かけちゃってごめんなさい」
あれがフィオナパパ……。
ちいさくて……太ってて……頭もちょっと薄くて……。
すごく優しそうだけど、想像とは違ったな。
ダンディなかっこいい貴族のおじさまというよりは、優しいパパさんという感じ。
フィオナは完全に母親似だわ。
「フィオナ!? 本当に生きて戻ってきたの!? 毎日、ルクヌヴィス様にお祈りしていたのを聞いていただけたのね!」
「ありがとうございます。お母様にもご心配をおかけしました」
母親も目尻に涙を浮かべて、心底ホッとしたという様子。
フィオナは三女というし、家族関係悪い貴族だったらどうしようかと思ったが、ぜんぜん杞憂だったな。
ファンタジー小説の読み過ぎだったわ。
「それで、フィオナ、そちらの方は?」
パパさんがつぶらな瞳でこちらを見る。
「初めまして、マホ・サエキです。お嬢さんとはダンジョン内で出会いまして」
「マホは私の命の恩人なの! 話すと長くなるんだけど」
「おお……! そうでしたか……! 娘の命を救って下さり、本当にありがとうございますじゃ。 お礼などもしなければ……。そ、そうだ、腹が減っているんじゃないかね、イグレイン、食事の用意を!」
「そうですわね、あなた。とびきりのごちそうを用意しなければ。ロナはお客様のお部屋の準備を、ウラとメラは私と食事の支度をするわよ」
「はい!」
「わっかりましたぁ!」
「かしこまりました、奥様」
バタバタとメイド達が駆けていく。
うーぬ、ハラペコ感が顔に出てただろうか。ここに来るまでになんかつまむかどうか悩んだんだけど、空腹が最高のスパイスになると思って、水分補給しかしてなかったからね。
完全無欠な異郷なわけだし、どういう料理が出てくるのか不安がないといえば嘘になるが、まあしかし、郷に入れば郷に従え。どんとこい異世界料理だ。
私だって、フィオナにおかゆやら梅干しやら食べさせたからな。
その後、ごはんの用意ができるまで応接間でパパさんに詳しい事情を話した。
パパさんことファーガス伯爵は、私たちの話を驚きを持って受け止めたようだった。いや、まあそりゃそうだろう。ダンジョンはこの世界に点在しているそうだが、最下層まで攻略されたダンジョンの数は少なく、そうでなくても宝珠に触れ、その恩恵にあずかれる者は「1人」に限られるのだ。
2人の話に私は相づちを打っていただけだが、6人パーティーでダンジョン最下層に到着して、そこで誰が願いを叶えるか。仲違いして殺し合いになった――そんな話すらあるらしい。
まあ、願いを叶える宝珠なんていうくらいだから、それくらいのことは起こるのかも。
「お父様。これが、最下層の魔物の魔石です。これだけあれば返済も足りるのではないですか?」
「フィオナ……。お前は本当に優しい子だ。家督を継げるわけでもないのだし……領地のことなど気を回さなくてもよかったのだぞ? あのダンジョンのことは、私の迂闊さが招いたことなのだし」
「私はこの街が、土地が、人が好きです。私には戦士としての才能がありましたし、これくらいしかできませんから」
ふ~む? 突っ込んだ話はフィオナとしてなかったが、迷宮を自前で管理するには魔石を国に謙譲すればいいという話だったはず。魔石を他所で買って、国に支払うんじゃダメだったのかな?
あんまり発展してる様子もないし、そのお金もなかったってことなのかも。
だからこそ、ダンジョンをちゃんと運営して、領地を発展させたい。そんなとこかな。
「フィオナ、フィオナ。これ、売っちゃえば?」
「バッ……マホは黙っててね。それは売りません」
「そ、そう……?」
フィオナはどうしてもアイテム袋は売りたくないらしい。
まあ、利用価値あるから、売ればいいってもんでもないだろうけど。
っていうか、領地……領地か……。
「素晴らしい魔石だ……。しかし、これだけのものは、もう手に入らないだろう。フィオナ、本当にいいのか……? こう言ってはなんだが、国への貢納分はともかく、返済のほうはこれを渡したとしてもその場しのぎにしかならないだろう。お客様の前でこんな話をするのも何だが……探索者たちも去ってしまい、悪い噂も流されている。もう、立ち行かないところまで来ているんだ」
「お父様……。でも……」
思ったよりシリアスな状況なようだ。
私は領地のアレコレとか全然わからないけど、貴族の娘であるフィオナがダンジョンに潜ってたくらいだし、ヘラヘラ聞いていい話ではないのかもしれない。
「すまない。フィオナの命の恩人の前でする話ではなかったな」
「あー、いえ。フィオナとは友達ですので。なにか困りごとなら、私、たぶん手伝えますけど」
「しかし……。ただでさえ、娘の命を救ってもらっているのに、家の事情であるし」
まあ、そうだな。パパさんも娘が帰ってきた嬉しさで口が滑ったのだろう。
普通は、そういう事情は隠すのだろうし。フィオナが私に言わなかったのも、そうだろう。
でも、もう聞いちゃったしなぁ。どうせやることもないし。
「えっとですね、私はフィオナに『助けて欲しい』という願いで呼び出されました。何をとはまだ聞いてませんからね。任せてくれれば助けますよ。もちろん、対価とかもいりませんし」
「しかし……その……実はだね」
なんだろうか、モジモジしてとても言いにくそうだ。
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