第17話 さらばトッケイ!

 うわはははは。

 やったね、うまくいった。天才かもしれん。ヤモリ可哀想。

 

 最後に「トッケィ~~~~」と鳴き声を発しながら真っ逆さまに落下していく様は哀愁すら感じたが、これも我々が生きて脱出するため……。許せ……。


 ◇◆◆◆◇


 時間は少し遡る。


 どうすれば危険なくツルツルさせられるか、それが問題だったのだが、ホームセンターを歩き回って考えた結果、なんとか良い感じにやれそうなアイデアが浮かんだ。


「これを使う」

「いや、わかんないってば。マホってすごいよね。こ~んなに、いろんなものが置いてあるのに、何があるのか全部わかってるみたい」

「ふはは……! さすがの私も全部わかってるわけじゃないよ。精々9割くらいじゃない?」

「十分すごいよ」


 そう言われてみればそうかも? でも、ホームセンターガチ勢はこんなもんじゃないからね。何を置いてるかなんて知ってて当然、それの活用法まで網羅してる人がたくさんいるんだから。うちの親とか。


「それで、結局これはなんなの?」

「ポンプと塩ビ配管。これで向こう側にオイル流すわ」

「ふぅん」


 フィオナの反応が悪い。もっと大袈裟に驚いて欲しい……けど、まあ地味だからなコレ……。

 いや、私だってもうちょいスマートな方法があるんじゃないかなって思うよ? でも、オイルをそれなりに距離のある対岸の崖に良い感じに付着させるのって難しいじゃん。


 アイデアだけならあるよ?

 でっかいヤグラを組んで、その上から引っかけるとか、一番でっかいポンプでモーターが焼き付くまでぶん回してオイル噴射するとかさ。水風船にオイルを詰めて投げまくるとかさ。

 でも、ヤグラは作ってる最中にアレが動きだしたらアウトだし、ポンプで噴射も飛距離届かないと思うんだよね。オイルを水鉄砲よろしく噴射するのってかなり圧力いるだろうし。

 水風船作戦はけっこういいかなって思ったけど、最初の一発で相手が動いたら即アウトだからね。

 相手が大人しくしててくれるのが前提の作戦はどれも微妙だわ。


 まあ、塩ビ作戦も最良かどうかはわからない。でも、静かにゆっくり確実に油まみれにできそうではある。気付いた時にはもう遅い! ってところがミソだ。


 あと、せっかくだから水風船にオイルを詰めたやつも作っておいた。

 動き出したが、上手く落っこちなかった時に、こいつを投げるのである。

 オイル水風船は、シリンジを使って作った。

 シリンジってのは、要するに大きい注射器だ。それにオイルを入れて水風船に押し込めばそれだけで済む。最初、ポンプで圧掛けなきゃだめかと一瞬考えてしまった。

 ホームセンターの階の壁に投げつけて具合を確かめてみたが、問題なく割れるし、オイルも良い感じに付着するし、悪くない。


 ついでにガソリンもぶっかけて、松明でも投げ込んでやればダメ押しになるかも……う~ん、我ながら思考が物騒になってきたな……。


 さて、本命のほうの準備に入る。

 必要なものは、オイルタンクと静かな水中ポンプ。ポンプはそれほど圧力は必要ないから、手押しポンプでもなんとかなるだろうが、できれば時間を掛けずにいきたいところ。


 塩ビ配管を繋いで対岸まで届く長さとする。

 余裕を見て20メートルくらいか。強度的には問題なさそう。音が鳴るとそれに反応しそうだから設置は慎重に。闇に潜んでいるやつなので、視力はあまり良くないだろう。たぶん。

 あるいは、赤外線的なもので見ているかな? いや、位置関係を見るに、足音を聞いて襲ってくるタイプと考えるのが自然だ。

 塩ビ配管の周りには分厚いスポンジを巻いておく。

 というか、音ですぐ動き出すなら、バルーン型照明を設置してる段階で襲ってきてもおかしくなかったわけで、たぶん、小さい音には反応しない。

 たぶん。きっと。メイビー。


「オイルはこのドラム缶に入れて、塩ビ配管を通して、向こう側にオイルを流します」

「なんかたくさんあるけど、いくつ用意するの?」

「5本くらいいってみよう」

「……ということは?」

「オイル缶運ばなきゃだね……」


 大量にオイルを流すということは、オイルをたくさん必要とするということ……。

 重量物を何度も運ばなきゃならないのは、この階層を最後にしてほしいところですね……。


 ヒーコラ言いながら何度も往復し、オイル缶を扉前に積み上げていく。

 音で反応するタイプっぽいので、作業は静かに。

 扉から中に入るまでならセーフ……だろう。きっと。

 

 空の200リットルドラム缶を5缶。

 それぞれに、ペール缶のオイルを注ぎ入れていく。

 それにしても、麻痺毒ヒュドラ草を燃やしただけなのに、けっこう力持ちになっていて驚く。

 少し前の私なら、ドラム缶にペール缶(20リットル)を持ち上げて注ぐのは無理だったはずだ。しかも音を立てないようにだから、掛け声とかも出せないし。


 オイルを入れ終わったら、次はオイルポンプだ。

 缶の中に沈めて、吐出口のホースを向こう岸へ渡した長い塩ビ配管と繋げる。

 塩ビ配管の先はV型に切り込みをいれてある。それを、巨大ヤモリがいる上――切り立った壁面に接触するようにして固定する。

 実際には固定などできないが、動かなければいい。

 静かに作業しているからか、ヤモリに動きはない。

 目は開いている……が、そもそもヤモリは瞼がない。起きてるのか寝ているのかは不明だ。


「ふぅ……。なんとか準備はできたね。あれが動き出す前に全部終わってよかった」

「ドキドキしたね。マホったら、大きなくしゃみするんだもん」

「油の臭いを嗅いでると、なんかムズムズしてくるんだよ」


 それでもアレが起きなかったのは、そもそもこんなタイプの攻撃を想定しているタイプではないからだろう。


「じゃあ、やるよ。スイッチ、オーン」

「おーん」


 5台のポンプが一斉に起動し、塩ビ配管を通ったオイルが、音も立てずに壁面を塗らしていく。

 オイルポンプは吐出圧力が低いから、勢いで塩ビ配管が動いてしまうことはない。これはさすがに実験済みだ。

 油が壁を伝い流れる。

 そろそろ、ヤモリにまで到達するけど――


「動かないね」

「ふ~む。油を嫌がって高速で移動しようとして落っこちるかなと思ったんだけど」


 獲物が来るまでは多少の異変があっても動かない習性なのか?

 オイルは直接的な攻撃にはなり得ないから?


「とにかく待ってみよう」

「突っついたら落ちないかな」


 ヤブヘビになりそう。あいつはヤモリだけど。


 オイルは順調に流れ続けているが、ヤモリがあまりに動かないから、塩ビ配管の位置を変えたりしていたら、いよいよヤモリの周りの壁全体がオイルまみれになった。

 ヤモリにもオイルが掛かっているが、まったく動じない。

 死んでるのか?

 そうこうしているうちに、ドラム缶のオイルが空になった。


「…………どうするの? マホ」

「う~ん。こりゃ、やるしかないね」


 オイルだけで落下してくれれば良かったが、そう甘くはないらしい。

 まあ、この為にアレを用意したんだから、問題ない。


「どんどん投げるよ! できれば手足に! いっけー!!」

「落ちろ! 落ちろ! 落ちろ!」


 私とフィオナは、用意しておいたオイル入りの水風船を投げまくった。

 100個くらい用意してあるから、過剰戦力という説もあったが、準備はしすぎるということはない。


 私たちの攻撃で、ついにオオヤモリは動き出す気配を見せた。

 右腕を上げて、ペタッと壁面に付けようとして、うまく付かず何度もチャレンジしている。


「うぉおおお! 効果は抜群だ! もっとどんどん投げるよ!」

「うわぁああああああ! 死ね死ね死ね!」


 いくつもの水風船が壁に当たってパンっと破裂し、オイルをぶちまける。

 オオヤモリもほとんど完全にオイルまみれだ。


 右手を壁にくっつけるのを諦めたらしいオオヤモリは、今度は左足を浮かせた。

 だが、やはり油まみれの壁面にはくっ付けられないらしい。

 私たちは夢中で水風船を投げまくる。

 あと一本足を上げたら、真っ逆さまに落下していくはずだ。


 しかし、その時、オオヤモリは予想外の行動に出た。

 全身に力を入れて、なんとこちら側へのジャンプを試みたのだ。

 想像していなかった行動。もしあのままジャンプが成功していたら、私たちは囓られていたかもしれない。


「トッケイ~~~~~~~~………………」


 ……まあ、ジャンプは不発で、わざわざ裂け目のド真ん中まで飛んで落っこちていったわけだが。


 その後には静寂が階層を包み混んだ。

 しばらく、裂け目を見ていたが、下からヤモリが這い上がってくる気配はない。

 無限の底まで落ちていったようだ。


「……倒したの?」

「待って、すぐわかるから……お、キタキタキタ! 身体が燃えるように熱い……!」

「あっ、そうか! あれだけの魔物だから、倒したら順化が起こるのか。わ、私にも来た!」


 どういうメカニズムなんだか、ダンジョンでは倒した魔物の力が倒した人間に還元されるらしく、落下死作戦唯一の欠点であった「死体を確認できない」点はこれによりパーフェクトとなったのだ。

 もちろん、落下死では経験値が得られない可能性も考えたが、こんな穴だらけのステージで、そんな意地悪はしないだろうという目算もあった。吹き飛ばす系の攻撃が無意味になっちゃうもんね。

 

 しばらく2人で、笑いながら転げ回った。

 レベルが急激に上がることで身体が付いていかないからか、むずがゆくて熱くて、でも悪い感じじゃなくて、すごく変な感じ。


 あれだけの大きな魔物を倒したのだ。

 レベル10くらいまで一気に上がっているかもしれないな!

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